♪17 Robin Williamson「Myrrh」

レンボーンを聴くようになってから、CD屋の「ブリティッシュ・フォーク/トラッド」というコーナーに入り浸るようになった。
これはそこでジャケ買いしたアルバム。
今でも最も好きなジャケットの一つだ。
丘の中腹で何してるのかよくわからん人々と犬と大空。
一曲目「Strings In The Earth And Air」
ジャケットの風景から風が吹いてきた感覚がした。
パーカッション、ベースなどのリズム楽器は無い。
擦弦楽器のドローンに乗って、ゆったりと雲のように流れる旋律とへんてこな声。
間奏の笛では草の匂いや乾いた風の匂いまでしてきそう!
三曲目「The Dancing Of The Lord Of Weir」
ロビンのへんてこな歌唱は暴走し、歌というよりも劇の語りのようである。
アルバム通して民族楽器の響きに満ちた、東洋、中近東、東欧、古代、といった味付けのゆるい曲ばかりで、シングルカットできそうな曲は無い。
「Aメロ Bメロ サビ」
といった形式や予定調和から大きくはみ出してしまった感があり、とても一回だけでは掴みきれない難解な構成だ。
かといって決してテキトーでなく、音楽的素養を感じさせるのが独特。
フィンガースタイルのギター小僧にとってはあまり食指が動く内容とは言えないが、へんてこな歌声と生楽器群の絡みの生み出す世界観にすっかり魅了された。
というか、ギターを好きになってからというもの「ギター」よりも「生楽器」の音楽ばかりに出会うようになった気がする。
何はともあれこのアルバムは、ジャケットの世界のおとぎ話にタイムスリップするような、妙な楽しみ方ができるアルバム。決して耳触りは良くないが、味のある音が詰まった名盤だ。
これを作ったロビン・ウィリアムスン
とにかくただものではない感じはぷんぷんしていた。
後で知ったが、レンボーンとこの人は親友同士で、現在でも一緒にライブをする仲だという。
二人に共通するのは一直線な真面目さかもしれない。
レンボーンの古楽への傾倒、ウィリアムスンの各種民族性への邂逅。
キャッチーさのかけらも見せぬ彼らの音楽を聴くと、そんな印象を受けてしまう。
このアルバムとの出会いにより、ウィリアムスン在籍のユニットインクレディブル・ストリング・バンド(ISB)の名を知った。
ISBは私にとってビートルズと並んで影響を受けた音楽集団である。
♪17 Pentangle「Cruel Sister」

高二の後半はジョン・レンボーンを中心にまわっていた。
となると当然ペンタングルを聴かねばならぬ!
メインボーカルにジャッキー・マクシー 、ギター&ボーカルにジョン・レンボーン、バート・ヤンシュの2大名手、リズム隊がダニー・トンプソン(b)とテリー・コックス(dr)。
彼らの以後のキャリアを鑑みても、まったく奇跡のアンサンブルと言える。
とはいえ「溶け合う」系のアンサンブルではなく、各個性のぶつかり合う、スリリングな展開が持ち味。
孤高のシンガー・ソングライターであるヤンシュと、懐古趣味のレンボーンとでは共通点より相違点の方が見つけやすいし、そこにジャズ畑のリズム隊とキッチリ民謡を歌うマクシーが絡むのだから、スリリングになるのも無理は無い。
1st〜3rdアルバムまではそんな組み合わせの妙が全面に出ていて、誰にも真似できない独特の世界を作り上げている。
さて、このアルバム「クルエル・シスター」は4作目。
ここでは完全にトラディッショナル路線の彼らが聴ける。
マクシー及びレンボーンのコンセプトである事は明らかで、レンボーンにすっかり魅了されていた私にとっては当時、ペンタングルで一番好きなアルバムだった。特にタイトル曲の淡々とした切なさには影響を受けた。
原曲はイングランドに伝わるバラッドで、中世騎士と姉妹の三角関係がもつれ、殺人事件に至った物語を歌っている。
バラッドにはこういう血なまぐさい題材が多く、しかも旋律がやたら美しいので余計に不気味さを助長するのだ。
ここにはスリリングな展開もハッとするようなプレイも出てこないが、7分間身を浸すように聴くのが好きだった。
高校当時から色気の無かった私はこういう抑揚の無い音楽を好む傾向があり、以後トラッド及び古楽といった「そういう音楽」ばかり探して聴くようになってゆく。
♪16 John Renbourn 「Lady And The Unicorn」

さてジョン・レンボーンの音楽に出会った高2の私は以後、フィンガーピッキング・ギターの世界にどっぷりとハマってゆく事になる。
ピック弾きとは違い、ギター1本で音楽が成立する様がとにかくかっこ良かった。
そのスタイルプラス、独特の影のある曲調にも影響を受けまくった。
所謂「古楽」と呼ばれる部類である。
典雅で懐かしい。旋律的ではあるのだが「歌う」というより「語る」ような音楽。
そしてレンボーンのアルバムの中でも最も古楽色が濃いのがこのアルバム「レディ・アンド・ユニコーン」である。
国内盤を買って本当に良かったと思うのは、解説書によって曲の素性がわかった事だ。例えば
1曲目「トロット〜サルタレロ」は作者不詳の14世紀イタリアの音楽。
5曲目「アルマン」はイギリスの鍵盤音楽集、フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブックより。
等々。
その他にも、この解説書からジョン・ダウランドを知り、ギョーム・ド・マショーを知り、デヴィッド・マンロウを知った。
私にとってこの解説書はいにしえの世界へ誘う古文書のような感覚だった。
それらの「元ネタ」をいろいろ発掘して聴いてみると、レンボーンのアレンジの斬新さもよくわかるのである。
特に「トリスタンの嘆き〜ラ・ロッタ」は意欲的アレンジだ。
概ねの古楽演奏では「トリスタンの嘆き」が緩、「ラ・ロッタ」が急、というスタイルなのだが、レンボーンはそれをあえて無視し、「トリスタンの嘆き」でリズムを強調し旋律を力強く刻んでゆき、「ラ・ロッタ」ではアップテンポながらも非常に柔らかい、流れるようなタッチのギターを聴かせてくれる。
このセンスには惚れ惚れしてしまう。
全編にわたり、このアルバムのギターの音は大好きだ。
ギターの胴鳴りの柔らかさも、鉄弦のクリスタルな輝きも満喫でき、いつ聴いても感動できる。正に私のマストアイテムである。
♪15 John Renbourn 「Sir John A Lot Of Merrie Englandes Musyk Thyng & Ye Grene Knyghte」
(「鐵面の騎士」)

私のギタリスト人生はこのアルバムから始まったと言っても良い。
高2の夏に友人から何気なく「賢一君が好きそうだから聴いてみて」と渡されたカセット・テープ。
それがこの「鐵面の騎士」だった。
それまでも生ギターの音が好きで、ジャンルを問わずに良い演奏&良い音を追っていた。
ニール・ヤングに代表されるアコースティックなシンガー・ソングライター
カントリーやブルーグラス、ブルースなど所謂アメリカ産の音楽
それらも大好きだったが、このアルバムの英国的な影と湿度を伴った生々しさが私には一番ピタッときたのだ。
「これだ!」と思った瞬間は忘れがたい。
そういう風に書くと、どんな凄い内容だろうという感じが、実際にはものすごく地味〜な音楽である。
しかし私にとっての衝撃は最大級だった。
冒頭からして空気が違う。
ギターと鉄琴のアンサンブルで奏でる、何やら古い感じの端正な曲。
ギターがとてもクリアーで、しかも一音が歌っている。
2曲目のイントロのアルペジオはどうしょうもなくかっこ良かった。それに乗って今度はフルートが旋律を歌う。
それにしてもギターの伴奏がタダモノではない。コードフォームにとどまらず、まさに縦横無尽なアレンジ。
ついついギターを追ってしまう。
3曲目はギターソロ。
1曲目と風合いが似た古い感じ。レンボーンのオリジナル曲なのだが、構成といい演奏といい圧倒的な世界だった。
ギター1本でこんな事ができるのか。
というか歌が出てくる気配がない。
ここまで聴いた時点で「事件」だった。
居ても立ってもいられずCD屋に走った。
国内盤CDを即購入して解説を熟読しながら一日中聴いていた。
そして何やら小さな紙片が・・・・
『ジョン・レンボーン タブ譜希望の方は下記住所まで切手をお送りください・・・』
申し込んだら数日後にコピー譜面が届いた。
今思い返してもかなり不思議なサービスだと思う。さすがに今の盤にはこの紙片は入っていないだろう。
譜面には3曲目「Lady Goes to Church」も含まれていて、とにかく必死で練習した。
自分と譜面とギターだけの狭い空間が、ものすごい広がりとときめきに満ちていたのを思い出す。
秋にはどうにか弾けるようになり、その頃には「将来ギターでやっていきたい」と考えるようになった。
笑ってしまうほど場あたり的かつ楽天的だが、このアルバムで得たインパクトとパワーがあれば何でも出来る気がしていた。
♪14 CUSCO「Apurimac」「Cool Islands」

フォルクローレをはじめとする民族音楽と出会い、素朴な音色と旋律美に惹かれていった私は、何となく立ち入ったニューエイジのコーナーで忘れられない出会いをした。
CUSCO(クスコ)というのはインカ帝国の首都の名前。
そのものズバリを冠したユニットがあるのか・・・と手にとったのが、アルバム「Apurimac」(邦題「インカ伝説」)。
素っ気ないジャケットだったが何となく無視できず買ってしまった。
いわゆる「世界旅行気分」を味わえるというBGM的な音楽・・・
と、思いきや、なかなかどうしてセンスが良い!
曲構成は「無理矢理癒す系」のベタなコード進行では無く、どちらかというと歌謡曲に近い明快な構成。
飽きの来ない旋律もさえている。BGMにとどまらず、思わず続きを聴こうとしてしまうのだ。
何より、シンセでメロディを弾く80年代に流行したスタイルをとっていながら、音色が「ケーナ」や「パンフルート」なのである。
なるほどこれはCUSCOだ、と妙に感心した。
基本的にとっつきやすい音楽なのであっという間に覚えてしまい、次に買ったのが「Cool Islands」(クール・アイランド)。
これには更に参った。
ベーシックなケーナ系の音色を微妙にいじって「冷寒地」の雰囲気を見事に再現している。
更に「哀しみのクジラ」「ツンドラ」ではエレキギターを用いて壮大さを増し、「オーロラ」では生ギターのアルペジオが入っていい味わいを出す。
休日は朝寝坊をしながらCUSCOをかけるのが好きだった。
夏休みの部活(剣道部)が終わった後の昼寝の時とかも最高。
妙に色彩感を強調せずに、旋律で勝負する感じが今でも好きだ。
改めて聴き返してみると、私の曲のダイアトニックな構成はCUSCOの影響がかなり大きいように思われる。
悲しい曲でもハッキリスッキリしている感じというか・・・
憂いが薄くても直球勝負でいいじゃないか。
CUSCOは今でも私にそう投げかける。
♪13 Maya「Machu Pichu」

私はかねてより南米に憧れを持っており、中学生の頃からインカ帝国の盛衰物語やボリビアやペルーの原色の強い民族衣装、村の風景などに強く惹かれていた。
高校時代当時(1990年頃)ビッグコミック・スピリッツで「ジパング少年」という漫画が連載されており、そこでもインカの文化が紹介されていて夢中になって読んだ。
その時期に新譜として街のレコード屋に飾られていたのがこのアルバムである。
¥3200で高かったが、ジャケットにも惹かれた。
南米フォルクローレといえばケーナやサンポーニャといった笛が主役。となると、ギターが主役のフラメンコに比べて当然「旋律的な」音楽が多くなる。
Mayaは日本人のグループで、元々はストリート・ミュージシャンだったそうだ。
ここに収められているのは、アンデス地方でインカ時代の昔から伝え演奏されてきた音楽なのだが、まるで日本の昔話を聞いているような懐かしい感覚がするのが不思議だ。
各奏者の確かな技量と、少し奥まったかんじのする録音。
洞穴の奥から聴こえてくるような、変わった効果を生んでいる。
それが昔話風の、どこか朧げな味付けになっているのだろう。
「人々の悲しみ」を意味する「リャキ・ルナ」と、アンデス版の大地讃歌とでもいうべき「ワイニョ・アイマラ」がハイライトで、共に素朴な旋律に日本人感覚の構成が光る。
このアルバムの後、本場のケーナ奏者アントニオ・パントーハの演奏を聴いたのだが、Mayaにくらべて非常に簡素な歌い回しに驚いた記憶がある。録音もドライで素っ気ないくらい。
やはりMayaは日本的な旋律的「歌い上げ」を意識していたのだとその時実感した。
♪12 Paco De Lucia 「Entre Dos Aguas」(ベスト盤)

*この辺りから時系列があやふやになってくる。
何しろ同時進行でいろんなものを聴いていたので、正確に順番通りに紹介できない事をご了承ください*
ジプシーキングスの初期ライブ盤を聴き込み、フラメンコ・ギターの乾いた音にも親しんでいた中学高校時代。
そうなるとバンドではない、いわゆる「フラメンコ」という形式のものを聴きたくなってくる。
そして、CD屋に入り浸っていれば「フラメンコ・ギターの第一人者はパコ・デ・ルシア」といった情報は容易く手に入る。
何を買うか最初は相当迷った。
ジャケットに惹かれたのは「幻想」
最高傑作と帯にあった「アルモライマ」
最新作「シロッコ」
それらで悩んで結局無難にベスト盤を買う、という経験は誰しもある事だろう・・・・
期待をはるかに超えた技巧の冴えと曲の楽しさだった。
最初にかけて流れてきたのがベースの音だったのには少々びっくりしたが(「二筋の川」)、それも慣れると病みつきになる。
又、ベースやパーカッションの入っている曲とソロの曲が混在していて、その差も興味深かった。
ソロ曲のサウンドは乾いていて素晴らしく、まさに期待していた味わいだったし、アンサンブルものも、特に「広い河」「チャネラ」などは歌えるほどメロディアスなアレンジで楽しい!
「パナデロス・フラメンコス」は簡潔なソロ曲だが、とにかく指が動く動く!
ベース音も主旋も濁りがまったくない明るい澄み切った音で、こんなのを一人で弾いてるとは当時は信じ難かった。
全くこのアルバムは素晴らしい選曲だと思う。
伝統的なもの革新的なフュージョンが交互に出てくるので飽きがこないし、聴いていてどこか安心感がある。
パコといえば「フラメンコの革新者」というイメージがあるが、「祭りの日のショール」「ルシアのグラヒーラス」「入り江にて」などの伝統的な形式の楽曲でも冴え渡ったタッチが効いている。
また「ソロンゴ・ヒターノ」「門にたたずむ少女」「エル・ヴィート」は今のところ国内盤ではこのアルバムでしか聴けない。
ジプシーキングスといいパコといい、初めて聴きこんだナイロン弦ギターの響きはクラシック・ギターではなくフラメンコ・ギターのものだったという事は自分でも意外な感じがする。
♪11 Neil Young 「After The Gold Rush」

前述「ロック・ベスト・100アーティスト」カセットで洋楽の主だったものに親しんできたが、今思えばこのシリーズにはとんでもない大物が抜けていた。
ニール・ヤングである。
まあ、こういったシリーズは「大ヒット曲」を集めるものなので、ヤングが漏れたのは当然かもしれない。
(しかし彼の唯一の全米No1ヒット「孤独の旅路」も入ってなかったのは意外な感じだが)
彼の音楽を知ったのは、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)のベスト盤でだった。
「ヘルプレス」で初めて彼の声を聴いたのだが、まず声と顔とのギャップに驚いた。
このイカツイ顔にはしゃがれた声がセットだと思っていたのだ。
ところが出てきたのはコブシの無い澄んだハイトーン、頼り無さげなビブラートも効いていて、いっぺんで好きになってしまった!
CSN&Yのベスト盤にヤングの作品は「ヘルプレス」一曲だったが、ナッシュの名曲やコーラスのセンスよりも、ヤングの声のインパクトが一番大きかった。
その後当然ヤングのソロ作に入っていくのだが、今回取り上げる「After The Gold Rush」、これにはまいった。
どうまいったかと問われると非常に困るのだが・・・・
何しろビートルズのような完成された旋律美や、プログレバンドの冒険、クイーンのような変幻サウンド、どれも無い。
とてもザラっとした手触りのアルバムだ。
そしてギターにしろピアノにしろ、超人的な技があるわけでなく「何をやっているか」は聴けば大体分かるのだ。
マジックは何も無いのだが、何故ここまで引き込まれるのか、高校生当時はなかなかわからなかった。
彼の魅力は一聴してそれとわかる存在感に他ならない。
ギタープレイも実はかな〜り面白い事をしているのだが、他のプレイヤーのようにギタープレイを単体で感じさせない。
「ああこれは、ニール・ヤングのストロークだな」で括られてしまう存在感があるのだ。
歌声しかり、ギターソロしかり。
このアルバムには現在まで本当にお世話にっており、今までで最も聴いたアルバムの一つだろう。
ちなみに私は「テル・ミー・ホワイ」のコード進行が大好きだ。
GのキーでCから開始、Emで終止。Bmを入れるタイミングも泣けるなあ。と、暗い部屋で一人唸っていたのを思い出す・・・・。
♪10 Emerson, Lake & Palmer「展覧会の絵」

20年ほど前、ガレージ・セールや高速道路のサービスエリアで「ロック・ベスト・100アーティスト」というオムニバス・カセットシリーズをよく見かけたものだ。
60〜70年代のいわゆる洋楽全盛時代のベスト盤といった趣。
私はそのシリーズが大好きで、全10巻を少しずつ集めては楽しんでいた。
その中で気に入った曲があると、そのアーティストのオリジナル・アルバムを聴いてみるのだ。
そこで知ったアーティストといえば
イエス
ジェファーソン・エアプレイン
ムーディー・ブルース
ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ
キング・クリムゾン
エリック・クラプトン
ディープ・パープル
ジミ・ヘンドリックス
・・・まさにそうそうたる顔ぶれ!
そして、今回のエマーソン・レイク・アンド・パーマーも同様であった。
アルバム「展覧会の絵」が凄い、という事は両親からチラリと聞いていた。
なので期待感を持ってオムニバス盤に入っていた「プロムナード」「バーバ・ヤーガの小屋」を聴いたのだが・・・この時は非常にパッとしなかった。
う〜ん、シンセだなあ。という印象しか持てず、少々がっかりしたのだが2年後にオリジナル・アルバムを知人に貸してもらってから印象が一変する。
これはアルバム全部で一曲だったのだ!
勿論トラックは切ってあるが、30分強に渡るよどみない流れは文句無しにかっこ良かった。
特に「バーバ・ヤーガの呪い」から「バーバ・ヤーガの小屋」への怒濤のなだれ込みは今聴いても興奮してくる。
更に驚くべきはこれがライブだという事。
バスドラムの音が妙に鮮明なのが生々しくて好きだ。
70年代前半、プログレッシヴ・ロックのアーティスト達のアルバムは楽しい冒険に溢れている。
一枚の中にポンとクラシックの小品があったり、ギター・ソロが一曲だけあったり、長尺な曲ではアンサンブルの厚みも曲展開も変幻自在。音楽好きの少年がハマらないわけがない。
エマーソン・レイク・アンド・パーマーの他にもイエスやキング・クリムゾン、ジェネシスなどはよく聴いた。
聴く度に発見がある感じ、これがたまらなくが好きだった。
面白いのは、プログレバンドにアコースティック・ギターの名手が多かった事。
彼らのアルバムの合間に収められたアコースティック・ナンバーはどれも素晴らしい名演奏で、比較的サイズの長いアルバム中にあって全体の流れに強烈な彩りを与えている。
「展覧会の絵」に収められたグレック・レイクの奏でる「賢人」もその代表的な作品で、撥弦感のある端正な音で奏でられるクラシカルな中間部ソロにほれぼれしたものだ。
これは自分でも弾いてみたい!
コピーには苦労したが、「アンジー」を1曲コピーした経験がものを言い、「物理的に不可能」という感覚は無くなっていた。
「展覧会の絵」を聴いていた頃は「音楽好き」という性分と「ギター」の両者が完全に同期してきた時期だったと思う。
♪9 Simon&Garfunkel
「Sound Of Silence」「Parseler,Sage,Rosemary and Thyme」

時期が前後してしまったが、私がアコースティック・ギターを手にしたのは中学2年の時だ。
インストゥルメンタル曲「アンジー」との出会いが今後の人生を変えてしまったと言っていい。
それはある漫画がきっかけだった。
かのアルフィーを題材にした漫画「ドリーム・ジェネレーション」。
それを立ち読みした日の事は忘れられない。
第2巻、高校生の高見沢、桜井、坂崎がバンド活動をするというくだり・・・・
ギターの名手、坂崎がバンドメンバーの前で「アンジー」を披露して驚愕される場面が出てくる。
それを見て、無性に自分もやってみたくなった。
驚愕されてみたい。
その巻後半には、坂崎と高見沢との「アンジー」特訓場面も描かれており、ますます
「自分にも出来るのではないか」
という思いが強まった。
「アンジー」はアルバム「サウンド・オブ・サイレンス」の6曲目である。
リズミカルなベース音、切れのあるハンマリングとプリングの連続、和音の迫力!
ポール・サイモンの指さばきは本当に凄すぎて、たった一人で弾いているという事実は漫画を読むまで知らなかった。
ギター1本でここまで音楽できるんだ!
まず近所のお兄さんにフォークギターを借りた。
キャッツ・アイのドレッドノート。弦高は高かったがめちゃくちゃ嬉しかった。
いきなり「アンジー」を弾けるとは思わなかったので、他の曲を練習する事にした。
S&Gの曲集を立ち読みして情報を仕入れては、家でやってみるという連続だった。
例えば「スカボロー・フェア」は7カポで最初の押さえは2弦3フレットと4弦4フレット・・・というところまで記憶し、鳴らしてみる。
おお〜レコードと同じ音が出るではないか!
そうして地道に本屋に通い、まず「スカボロー・フェア」を完成させた。
1曲出来るとモノスゴイ自信が出てきて、「59番街橋の歌」「早く家に帰りたい」なども同じ要領でコピーして調子にのった。
当時の本屋さん、お世話になりました・・・
そうして下地を作ったところでいよいよ「アンジー」に入りたい所だが・・・あいにく本屋の曲集には未収録であった。
漫画から得られる情報は「2カポである」という事のみ。
とにかく2フレットにカポをはめて耳コピを始めたものの、何しろとんと分からない。
最初の低音の動きが判明したところで棚上げせざるを得なかった。
そんなある日の事。
私は当時、新大久保のクロサワ楽器でマーチンを眺めるのが好きでよく通っていたのだが、その日はなんと!
楽器屋の店員さんがポロポロと「アンジー」を弾いているではないか!
もう必死にポジションを見て覚えた。
なるほど。Amを押さえたままで良かったのか!
そこからは耳コピもグングンはかどり、中2、中3の2年間でなんとか弾ける状態になったのだった。
今回の2枚はそんなコピー練習の思い出が詰まった、教科書のようなアルバムだ。
写真左「サウンド・オブ・サイレンス」には「アンジー」が
写真右「パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム」には「スカボロー・フェア」「59番街橋の歌」「早く家に帰りたい」が収められている。
そのどれもがフィンガー・ピッキング・ギターのマスターピースと言えよう。
それにしてもポール・サイモンのギタープレイは凄い。
ギター全体が鳴っているような、太い音!
強弱も自在で、決して間延びしない。
やはり孤高の域の達人である。
♪8 カラヤン/ベルリン・フィル
「ベートーヴェン交響曲全集」('60)

中学3年の時の担任は音楽の先生だった。
40代中盤の温厚な男性、ご自分で指揮の勉強をされていたのを覚えている。
経緯は覚えていないが私が音楽好きだと知ると、ドヴォルザークの「新世界」交響曲のカセットとハンドブック大のオーケストラ・スコアを貸して下さった。
勿論オーケストラ・スコアなどを見るのは初めてで、全くチンプンカンプン!
自分の好きな箇所の音符の動だけは、聴きながら探そうと試みるのだが・・・4小節探すのに丸一日かかった。
しかし面白いもので、一箇所探せるようになると他のパートも少しずつ判別できるようになってきて、スコアを見ながら聴くという事の面白さにはまっていった。
何より交響曲を4楽章通して聴くというのも初めての体験。
「新世界」はとてもわかりやすい曲という事を差し引いても、歌もの一直線だった自分が交響曲を楽しんで鑑賞できた喜びは大きかった。
そんな感想を先生と話しているうちに、ならばベートーヴェンはぜひとも聴いた方が良いとの事。
また、「田園」の最終楽章が大好きだとも話してくれた。
そうなると自然と近所のレコード屋「コタニ」へ足が向かう。
クラシックのコーナーへ行くとあるわあるわ、「田園」だけで一体何十種類あるんだ!
ここでときめいてしまう自分に気づく私であった。
今でもCDの山を見ると無条件にときめいてしまうのには困ったものだ。
どうせならベートーヴェンの交響曲だけでも全部聴きたい、と母親にねだって買ってもらったのがカラヤンの60年代の全集。
バラ売りの5枚で6千円だったと思う。
70、80年代の全集もあったが、ビートルズと同じ時代の演奏をぜひ聴いてみたかった。
全部聴き通すのには時間も気合いもいったが、解説を読みながら少しずつ味わって行った。
まず好きになったのが「第七」。
わかりやすい曲構成とリズムの処理で、文句無く面白い曲である。
「第四」の序奏部から主題への転換がかっこよかった。
「運命」第二楽章の緊張感をたたえた穏やかな流れ。第三楽章の緊迫から最終楽章の爆発。
「第二」の第一楽章の疾走感とコンパクトでかわいらしい第三、第四楽章。
「第九」の第一楽章の焦燥感は今でもゾクゾクする。
「英雄」は当時は好きではなかった。15年後に大好物になるのだが・・・
そして「田園」。
先生の好きな第五楽章も感動的だが、私はその前の第二楽章で感動して泣いてしまった。
耳のほとんど聞こえないベートーヴェンの眼前にひろがっていたであろう「小川のほとり」の光景が鮮明に浮かんだ気がした。
・・・この全集を初めて聴いた数週間はまさにかけがえの無い時間だった。
今でも学校演奏会での質問コーナーで
「一番好きなミュージシャンは?」
と訊かれると
「ベートーヴェンです」
と答えている。
♪7 Queen
「A Night At The Opera」「A Day At The Races」

私の母親は中学の教師をしているが、80年代初頭当時の生徒さんから、たまに編集したカセットテープをプレゼントされていた。
ディープ・パープルや忌野清志郎などがあったのを記憶している。
クイーンのカセットもそんな中の一つだった。
「ボヘミアン・ラプソディ」の歌い出し「ママ〜」がやはり印象的だったが、ちゃんと聴き始めたのは小学校の終わりだった。
その生徒さんは「ラブ・オブ・マイ・ライフ」の後に「ボヘミアン・ラプソディ」を入れていたのだが、この流れはセンス抜群で、
鳥肌が立つくらい決まっていると思う。
オリジナル・アルバム「オペラ座の夜」(写真左)では、その2者の間に「グッド・カンパニー」が入っているのだが、
私は今でもその事実に納得がいかない。
B面は
「予言者の歌」
「ラブ・オブ・マイ・ライフ」
「ボヘミアン・ラプソディ」
というシリアスな展開一本で良い気がする。「グッド・カンパニー」には申し訳ないのだが。
調もサウンドも展開もバッチリ合っているのに!
と、憤慨したりした。
脱線してしまったが、ご多分に漏れず私も「ボヘミアン・ラプソディ」にはどえらく感動してしまった。
なんときれいな声なのだろう。
ギターの音もコーラスも、なにしろ美しい。
それらがメロディ・ラインの自在さに乗って、とにかく音楽の楽しさが満載だった。
転調もバシバシ決めてくるし、こういうハードロック・バンドは今でも異色だろう。
私はツェッペリンもパープルも大好きだが「旋律美」に関していえばやはりクイーンは抜きん出ていると思う。
「音響」「プレイ」よりも「メロディ」が好きだった私としては、クイーンにより惹かれていった。
そんなクイーンの一番好きなアルバムが「華麗なるレース」(写真右)だ。
中でも一番好きな曲は「懐かしのラヴァー・ボーイ」
このアルバムの密集した空気はクイーンらしいと思う。
と、いう訳で中学初頭はビートルズ、オサリヴァン、ジプシーキングス、クイーンの毎日だった。
自分で聴くのに飽き足らず、友人に無理やりカセットを渡しては後日感想を求めるという行動もとっていた。
当時の方々、ごめん。
ちなみにその時期の自己編集テープの曲目は以下の通り
A面
1、ア・フレンド・オブ・マイン (ギルバート・オサリヴァン)
2、懐かしのラヴァー・ボーイ (クイーン)
3、59番街橋の歌 (サイモン&ガーファンクル)
4、その愛 (ジプシーキングス)
5、ホテル・カリフォルニア (イーグルス)
6、アローン・アゲイン (ギルバート・オサリヴァン)
B面
1、夫人 (ジプシーキングス)
2、フー・ワズ・イット (ギルバート・オサリヴァン)
3、フォー・ノー・ワン (ビートルズ)
4、情熱の月 (ジプシーキングス)
5、ラブ・オブ・マイ・ライフ (クイーン)
6、ボヘミアン・ラプソディ (クイーン)
いわゆるベタな選曲だが、もちろん現在も楽しめる。
ホテル・カリフォルニアの後にアローン・アゲインが流れるのが好きだったなあ。
♪6 Gilbert O'Sullivan「Alone Again」

ジプシーキングスと同時期にCMでショックを受けたのが、ギルバート・オサリヴァンの名曲「アローン・アゲイン」だ。
寂しげで少し子供っぽい歌声、何よりその強烈な旋律。
多感な音楽好き少年の心にぐっさり刺さってしまった。
そのCMではアーティストのクレジットがほんの一瞬しか表示されないので、テレビを見る時にはメモ帳を用意して少しずつ写していった。
「Gilbert」までは簡単に分かったが、その先が相当時間がかかった・・・。
無事アーティスト名が分かり、早速近くのレコード店「コタニ」へ買いに行った。
肝心の曲名が分からないままだったが、「行けば何か分かる」という気持ちを基本的に持っていた。
700円のシングル盤レコードで、帯に「○○CMソング」とあったので迷わず購入。
家のプレイヤーでかけた時、まさにその曲が流れてきた時は感激した!
当時国内ではオサリヴァンのオリジナル・アルバムが発売されておらず、ベスト盤2種類が出ているだけだった。
この「Alone Again」もそのうちの一つ。
情報も極端に少なく(国内盤にも関わらず、カタカナの題名も表記されていなかった程)、それがベスト盤という事もかなり後になって知ったのだが・・・・
また、ジャケット写真の少年がオサリヴァン本人だとかなりの期間勘違いしていた。
「アローン・アゲイン」以外にも名曲がたくさん入っている。
「ナシング・ライムド」「クレア」「ア・フレンド・オブ・マイン」「フー・ワズ・イット」はまさにオサリヴァン節の名曲。
彼は難しいコード進行をいとも簡単そうに歌う。
旋律が普遍的で、そこにからむハーモニーがテンション・コードだらけという独特のバランスなのだ。
すぐに覚えてしまうメロディなのだが、ギターで伴奏しようとすると大変な目に遭う。
現在の耳で聴いても「アローン・アゲイン」の伸縮自在な旋律は驚異的だ。
更にそこに絡むピアノ伴奏の音の選び方が本当に絶妙で、弾き語り芸の極地の一つだと思う。
今でも時々「アローン・アゲイン」を聴くと涙が出てきそうになる。
永遠に色あせない名曲だと思う。
♪5 Gipsykings「DJOBI , DJOBA」

ビートルズにはまりにはまった小学生時代が終わり、私も晴れて中学生となった。
この時期はいわゆる「CMソング」から数々の出会いを体験する。
その最初がジプシーキングスの「ジョビ・ジョバ」である。
当時はTVCMでも採用されていて潜在的に知っていたが、ファーストインプレッションはロッテリアのジュークボックスから偶然流れてきた時だ。
その時初めて「ジョビ、ジョバ」フルバージョンを聴き「何これ!」となった。
早速レンタルCD屋に行き、借りたのがこれ。
アルバムタイトルがずばり「ジョビ、ジョバ」。
やったーという感じで聴いてみたら
「???」
CMと微妙に違う。これはライブ盤だ。
曲間の話し声が凄いんですけど・・・・
中身のレビューを読むと、この盤はメジャーになる前の実況盤で、CMに採用されたものは原曲をポップにリニューアルしたものらしい。
比べて聴くと、ベースやパーカッションが入ってスッキリした音のメジャー盤より、この盤の方が迫力があって断然良いではないか!
テープに入れて聴き続け、更には友人にも無理やり聴かせては感想を伺った。
「情熱の月」
「その愛」
「夫人」
「訣別」
が好きだった。今でも大好きだ。
また、この盤との出会いは私の中で奇妙な化学反応をもたらした。
初めて聴くフラメンコギターの音色にもノックアウト状態だった。
・・までは良いのだが、
どういうわけか、電話帳でフラメンコギター屋を探しあてて渋谷まで歩いて行ったのだ。
「何かお探しですか?」
暗い店内でギターも弾けない少年がうろうろしていると店長さんが声をかけてくれた。
私「フ、フラメンコギターありますか?」
店長「当店のはみんなそうですよ」
私「・・・」
店長「これが一番安いやつで50万円かな」
かなりの挫折感で帰路についた。
ギターも弾けないのに何故ギター屋に行ったのか未だ不明だが、そんな得体の知れない情熱が生まれてきた時期だった。
考えてみれば当時聴いていたビートルズ、S&G、クイーン、ジプシーキングス・・・どれもギターは切っても切り離せない。
そんな音楽に親しむにつれ、
「私はいつかギターを弾くに決まっている」と、実際に弾く前から思うようになっていた。
♪4 The Beatles 「The Beatles」

さてビートルズに夢中になった身としては、ベスト盤カセットと「アビー・ロード」だけでは気が済まず、他のオリジナル・アルバムに興味が湧いてくる。
知り合いのおじさんにアルバム全てをカセットにダビングして持っている方がいて、少しずつお借りしては聴いていた。
この「The Beatles」通称「ホワイト・アルバム」もカセットで出会った。
不気味で楽しく、不思議でかっこよくて、非常に刺激的だった。
ベスト盤やアビーロードはどちらかというとしっかり作り込んだ楽曲が目立つだけに、このごちゃ混ぜ感がたまらなかった。
最初に耳についたのが「The Continuing Story of Bungalow Bill」。
あまりに気に入ったため
「ヘ〜イ バンガロウビ〜」
の部分をよく学校で歌っていた。
このアルバムは2枚組だが、1枚目は比較的とっつきやすいく、2枚目は怖い音楽がいっぱいと認識していた。
「Helter Skelter」で最後フェイド・アウトから再度フェイド・インしてくるのが怖かった。
「Long, Long, Long」最後の「ah〜〜〜〜・・・」が怖かった。
「Honey Pie」オープニングでのテープノイズのエフェクトも意味不明に怖かった。
「Cry Baby Cry」から「Revolution 9」への流れは聴くのに勇気がいった。
今冷静に考えると、このアルバムを通してジョン・レノンが「一生懸命でない」のが怖い原因のような気がする。
歌を聴いても、どこか達観したクールな視線を感じてしまう。
レノンの変化がグループに緊張感をもたらし、それが音に反映された・・・のかもしれない。
一方で「アコースティック・ギターの音色が好きだ」とはっきり認識したのもこのアルバムからだったと思う。
特に「Mother Nature's Son」や「Revolution 1」のアコースティックな感じに強く惹かれていった。
何はともあれ、私は今でもこのアルバムに夢中だ。
追記:更に「ホワイト」の迷宮に潜り込みたい場合は「ホワイト・アルバム ワーキング・バージョン」という素晴らしいアイテムがある。
前半はなんとも珠玉のデモ・バージョンの数々。
「バック・イン・ザ・USSR」のアコースティック・バージョンや、後の「ジェラス・ガイ」の原型である「チャイルド・オブ・ネイチャー」、特に「バンガロウ・ビル」のデモは涙が出るほど(?)素晴らしい。
アウト・テイクも充実。「ヘイ・ジュード」も7トラック収録という徹底ぶり。
ビートルズのこの時期の音楽が凝縮されている内容だ。
5枚組¥7200。全116トラック。
ディスク○ニオン等、マニアック・コーナーのある店舗で購入できる。
♪3 風の谷のナウシカ サントラ盤「はるかな地へ」 作曲:久石譲

さてビートルズを知ったばかりの小学生2年の終わり、新たな事件が起こった。
映画「風の谷のナウシカ」である。
初めて見たときのショックは相当なものだった。
と、私の母は記憶している。
私はアニメにはそんなに詳しくないが、それでもナウシカを境にアニメ界が全く方向転換したという印象がある。
・・腐海を歩くユパのシーンから、オープニングテーマへの流れ。
中世的なタペストリー画面のバックにピアノの冒頭旋律が始まった瞬間、既に圧倒されてしまっていた。
この曲は一体なんだ!
それまでのアニメというと、オープニングとエンディングは必ず「主題歌」であり、盛り上がりの場面などでの挿入歌も当たり前だった。
「サイボーグ009」劇場版では、挿入歌で間延びしていたのを子供ながらによく覚えている。
そこへこのオープニング。「今までとは違う」感が走った。
この曲は本当に素朴な旋律なのだが、今聴いても類似作品が見当たらない。
そして、一度聴いたら頭から離れない。
世界観もストーリーも素晴らしかったが、何より音楽に衝撃を受けてしまった。
帰ってからしばらく
「もう一回見たい」
しか考えてなかった。
そんな時、ある方がサントラ盤をカセットテープにダビングしてくれた!
その日からはもうそればっかり。
歌が無いインストゥルメンタルの音楽を聴く習慣はこの時自然に身に付いたのだろう。
それ以後家にあった「運命」や「ペール・ギュント」を聴くようになった事を考えると、このサントラ盤はクラシック音楽への橋渡しにもなったアルバムだった。
今の耳で聴くと、シンセサイザーの使い方に時代を感じる。
「わたくし、シンセです」
という、いかにもな音色。
しかし強力な旋律とのコラボレートはこの時代にしか聴けない色合いを醸し出していて、非常に心地よい。
ビートルズで目覚めた「良いメロディーへの憧れ」は、あっという間に他ジャンルへ伝播し始めた。
♪2 The Beatles 『Abbey Road』

小学生の頃の私は、それこそ「浴びるように」ビートルズばかり聴きまくっていた。
前回紹介した赤盤青盤のベストを聴き込むうちに、当然のことながら前期と後期の音楽の違いに気づく。
いわゆるリアルタイムのビートルズ旋風を経験していないせいか、自然に「後期の方が良い曲が多い」と感じた。
ビートルズのラストにあたるこのアルバムからも相当影響を受けた。
一番好きだったのは「ゴールデン・スランバー」だ。
短い曲だが、こんなに良い曲ってあるのか!という衝撃だった。
そこから「キャリー・ザット・ウェイト」「ジ・エンド」とたたみかけてアルバムが終了する展開も大好きだった。
(この瞬間ビートルズ自体も終了したわけだが・・・)
アルバム終了後、20秒の間をおいて突然始まる短くかわいらしい曲も謎めいていてときめいた。
昔のレコードではこの曲のクレジットが無く、後に「ハー・マジャスティ」というタイトルである事を知った。
小学生中学年の頃は、ボーカルがそれぞれ誰の声なのかは全く知らなず、
短絡的に太い声はジョンなのだと早合点していた。
「オー・ダーリン」
「カム・トゥゲザー」のバックボーカル
「ユー・ネバー・ギブ・ミー・ユア・マネー」の後半部
は何故かジョンと疑わなかった。
本当は全部ポールなんですけど・・・
私にとってビートルズというバンドは、「怪物的な響き」を生み出せる唯一無二の存在だ。
A面ラスト「アイ・ウォント・ユー」の壮絶な展開から、延々続くラストフレーズ。
それが突然強制終了する瞬間は恐怖だった。
しかし怪物的なのは、その押し黙った雰囲気のままB面に裏返して始まる「ヒア・カムズ・ザ・サン」の安堵感だと思う。
この効果を狙ってやる人は多いが、本当に決まっているのは極稀である。楽曲に力が無ければ上滑りしてしまう。
今思うとまさに「ice is slowly melting」という瞬間だ。
CDになってあのレコードを裏返す間が無くなったのは少し寂しい。
「ビコーズ」のアルペジオとコーラスの絡み
「オー・ダーリン」のラストの咆哮
「サムシング」のギターソロ
「カム・トゥゲザー」のベースとタムとファズギターのバッキング
怪物的な瞬間は数えきれないが、やはりなんと言っても曲が良い。
このアルバムを聴いた時から「いつか自分でも良いメロディを作りたい」という気持ちが芽生えてきたのを覚えている。
♪1 The Beatles「1962〜1966(赤盤)」「1967〜1970(青盤)」

*私が影響を受けてきた音楽を紹介するコーナーを立ち上げました。
なるべく時系列に沿って紹介して行きたいと思います(後の方になると順不同になるかと思います)*
さて、第一回目は私にとって初の本格的音楽体験となったこの2組を紹介する。
私の通っていた小学校は、運動会の時に6年生全員で鼓笛隊をやるというなわらしがあった。
当時2年生だった私はその鼓笛隊の曲が妙に好きになってしまい、運動会の時期が過ぎてもいつも歌っていた。
その曲はビートルズの「ヘイ・ジュード」。
今思えば鼓笛隊で「ヘイ・ジュード」をやるとは渋い。
音楽の先生もかなりのやり手だった記憶がある。
とにかくこの時、幼いながらに「ビートルズって凄い」という印象が素直に入っていったのを覚えている。
家には赤盤青盤のカセットと「アビー・ロード」と「ラバー・ソウル」のLPがあったが、
特にこのベスト盤カセットはもう滅茶苦茶酷使した。
家で聴くだけでなく、外に行く時にも持ち歩き、聴いてない時でも歌詞カードを広げてはながめていた。
そう、「ビートルズと名のつくものは全てが素晴らしい」という少年時代だったのだ!
赤盤は初期、青盤は後期のベストなのだが、このジャケットも大好きだった。
ジョン・レノンの変わりようがショックで、一体何があってこれだけ変わったのか、想像が膨らんだ。
きっとすさんだ生活をしたのだろう・・・と子供ながらに思った。
小学生の頃の一番のお気に入りは
赤盤では「デイ・トリッパー」
青盤では「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ」
今では
赤盤「キャント・バイ・ミー・ラブ」
青盤「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」
現在ではCDで全曲聴けるわけだが、カセットの音質というのは一種独自の世界があったように思う。
あのラジカセの「再生」ボタンを押す高揚感は今でも忘れない。
私の音楽への道はここから始まった。
そして「ビートルズと名のつくものは全てが素晴らしい」という大人になって現在に至る。
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