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伊藤賢一が影響を受けた音楽を、時系列に沿って紹介するコーナーです。

♪38 The Band/「Music from Big Pink」

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問答無用の名盤であるが、中学生当時は良さがわからなかった。
彼等特有の、聴くほどに染みてくる奥深さのある音は、子供にはわかりにくかったのだろう。
決して難しい音楽ではないのだが。

じっくり聴きこむと、彼らのプレイは実に質が高い。
誰かが目立つ事もなく、一つの塊として迫ってくる。誰かが抜けたら、きっとその塊は存在し得ないだろう。
リヴォン・ヘルムのドラムスの足取り、ガース・ハドソンの音色と旋律の選び方、リチャード・マニュエルの歌声、ロビー・ロバートソンのさり気ないカウンターパートとソングライティング、リック・ダンコの粘りのあるベース、それらは個々に切り離した瞬間にきっと空中分解する。各々「バンドとして」のプレイに徹しているからだ。そこにバンドの奥深さを感じる。

個人的にはリチャードの歌唱が好き。
冒頭の「Tears Of Rage」から年齢不詳の渋い歌声に参ってしまう。
自作の名曲「In A Station」「Lonesome Suzie」
ディラン作の「I Shall Be Released」は裏声での名唱。

そしてもちろん大名曲「The Weight」。ここではリヴォンとリックの名歌唱が聴ける。
(素晴らしい歌い手が3人揃っているのも、彼らのアルバムを楽しめる大きな要素だ。)
この曲のドラミングは、もうずっと聴いていたいほど!素晴らしいグルーヴ。
ガースのプレイと言われているピアノも素晴らしい。


他のアルバムもそれぞれ好きなのだが、なぜかいつもこのアルバムを手にとってしまう。
デビュー・アルバムとはいえ既にキャリア十分だった彼らの、瞬間の記録とも言える名作。

♪37 デヴィッド・マンロウ/古楽コンソート「春は来たりぬ」

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♪16で紹介したジョン・レンボーン「レディ・アンド・ザ・ユニコーン」の解説書でデヴッド・マンロウの名前を知った。

「レンボーンはマンロウの録音に影響されて、『レディ・アンド・ザ・ユニコーン』中の何曲かを編曲した・・・」

といった趣旨の解説だった気がする。
レンボーン大好き人間として、その元ネタは聴かねばならぬ。という事でこのアルバムに出会ったのだった。

マンロウは、まず何をおいても天才的なパイパー(笛吹き)だ。
それと同時に古楽アンサンブルの指揮者、ディレクターでもある。
60年代〜70年代にかけて、まさに古楽(バロック以前の音楽と括って良いと思う)復興の旗手であった。
1976年に34歳の若さで亡くなってしまったのは非常に残念だが、膨大な録音が残された事には感謝せねばなるまい。
どの録音も何とも活き活きとした音楽が詰まっており、「古楽」という堅苦しさは感じられない。
現代とクラシックの垣根を、軽々と飛び越える名人芸。そして名編曲。
誰にでも。


さてこのアルバムは、中世イタリアの音楽集である。
私にとってマンロウ初体験となったディスクだ。
ランディーニのシャンソンを中心に、まことに典雅な時間が流れる。
この時代14cのイタリアといえば、宗教色の強かった前世紀にくらべ、あらゆるジャンルで世俗的な関心が高まった時代・・・と言われている。

どこか楽天的で、隙間のある響き。
現代とはあまりに空気感が違いすぎて、別世界へ連れて行かれるような感覚が楽しい。
ロビン・ウィリアムスンの音楽と同種の魅力を感じる。

「レディ・アンド・ザ・ユニコーン」収録の「トロット」「トリスタンの嘆き〜ラ・ロッタ」を初めて聴いたときは「古い時代の再発見!」という感じがして感激したものだ。
前者はクルムホルンだろうか。後者は弦の幽玄な響きが楽しい。
これが原曲に近い編成だとすると、レンボーンのアレンジの見事さも逆に浮き立ってくる。


1969年発売。
ツェッペリンの2nd
クリムゾンの1st
フェアポート・コンヴェンション「リージ&リーフ」
ビートルズ「アビーロード」
ペンタングル「バスケット・オブ・ライト」
ニール・ヤング「エブリバディズ・ノウズ・ディス・イズ・ノーウェア」
クラシックではアルゲリッチ/アバドのショパン第1番がちょうどこの頃。

いやはや凄い時代だったのだなあ。

♪36 ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団「シベリウス交響曲全集」

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初めて生のオーケストラを観たのが高校1年。
そのプログラムにシベリウスの交響曲第2番があった。
コンサートの予習にと思って、バーンスタイン指揮のCDを聴いた。
冒頭から木管のワクワクするような踊りが飛び出し、すぐに好きになってしまった。
それからはCD屋に行ってもシベリウスのコーナーや試聴機をチェックするようになる。
そんな中で引っかかったのが、バルビローリ/ハレ管の交響曲第3番と第6番のCDだった。
特に第6番。
冒頭の美しく暖かい自然描写。
フィナーレでは壮麗な弦に乗って悲しげな表情を見せる木管とハープ。
最初から最後まで例えようの無い程素晴らしい。
弦楽は大自然、木管は森に棲む動物、ハープは空から舞う雪。などと勝手に想像を膨らませていた。
子供の頃好きだった、絵本の世界が戻ってきたような感覚。
「好きなもの見つけた!」
と思った。

早速バルビローリのシベリウス交響曲全集を購入した。
交響曲は全部で7つあるが、第4番が心に響いた。
第2楽章のみ、かすかな日差しが見えるが、その他はまるで凍りついた深い森のよう。
わかりやすい旋律は無く、断片のばかり散らされているようで最初はさっぱりとらえどころが無かったが、全曲通して何度も聴くと、その断片がどう構築されているかが見えてくる。
曲調は、親しみやすい第2番と同じ作者とは思えないほど、暗い。
特に第3楽章の半ばからの、弦合奏の下降音型に乗るチェロのテーマを聴くと、空恐ろしい寒気がする。
この部分のチェロ、他の指揮者は相当の静寂感を持って演奏するが、バルビローリ盤はかなりの熱気を持たせている。
総じてバルビローリ盤は大自然の透徹性よりも人間目線の暖かみがある。
そこに好き嫌いが分かれるかもしれないが、私は大好きだ。

もちろん他の演奏にも良いものが沢山ある。
シベリウスご当地フィンランド出身、どこまでも透明な響きに凄みを感じるベルグルンド/ヘルシンキ・フィル。
室内楽的な丸い音色を持ち、軽やかな疾走感をみせる。これまたフィンランドコンビのヴァンスカ/ラハティ交響楽団。
そして弦の響きの渋さが魅力のネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団。
全集は持ってないがカラヤンもデイヴィスも渡邉も、忘れてはいけないムラヴィンスキーの第7も素晴らしい。
毎年寒くなると、決まってシベリウスが聴きたくなる。

♪35 Fairport Convention「House Full」

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ロックバンドの形態で英国民謡を取り入れた先駆者として有名なフェアポート・コンヴェンション。
しかし元々の彼らは質の良い自作曲を演奏する、どちらかというとアメリカンな雰囲気のバンドだった。

3rdアルバム「Unhalfbricking」で取り上げたトラディッショナル・バラッド「船乗りの生涯」が大変な名演名唱であったため、バンドの方向性がハッキリ固まってきたように感じる。
それがトラッドロックの大名盤「Liege & Lief」に直結した。
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(左:「Unhalfbricking」右:「Liege & Lief」)
「Liege & Lief」は、ザ・バンドの名盤「Music From Big Pink」の手法に影響され、郊外の一軒家でリハーサルをくり返しながらの録音だったらしい。
アメリカのルーツに根ざしたアルバム「Music From Big Pink」の英国版というにとどまらず、独自の輝きを放つ素晴らしい内容のアルバムだ。

ここでのサンディ・デニーの歌唱は鬼気迫るものがある。
リチャード・トンプソンのギターも独自のうねりを発揮し始め、デイヴ・スワブリックのフィドルとの競演はバンドの最大の見せ場となった。
アシュレイ・ハッチングスの冷静なフレージングのベースとデイヴ・マタックスの締まりのある音色のドラム。
この時期のフェアポートをベストとする声も多い。

しかしこのアルバム発表後、中心メンバーであったサンディ・デニー(vo)とアシュレイ・ハッチングス(b)がバンドを抜ける。
ベースにデイヴ・ペグを加え、歌はフィドルのデイヴ・スワブリックが主に受け持つようになった。

まさにこの編成こそ、私が最も惹かれるフェアポートだ。

圧倒的存在感の女性vo.として看板だったデニーと、バンドを自国民謡へ方向転換させた張本人であるハッチングスの穴は相当大きかったはずだ。
しかし面白い事に、女性が抜け男所帯となると、その元来備えていたとんでもない演奏力に焦点が当たってくるのだ。
この時期のフェアポートは一番のびのび演奏しているように感じる。

ヴィルトゥオーゾ集団特有の緊張感。
同じ英国民謡系バンドでも、♪32で紹介したスティーライ・スパンの緊張感とは全く異なる。
スティーライの特徴であったのは、間を活かしたアレンジの緻密さ。
対しフェアポートは各人の演奏力とセンスでグイグイ押してくる。
フェアポートのメンバー個々の芸格の高さは、過去のどのバンドよりも際立っていると感じる。

そして発表された「Full House」は、「Liege & Lief」と並ぶフェアポートのもう一つの頂点と称されるようになる。
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(「Full House」)

前置きが長くなったが、ここに紹介するライブ盤「House Full」は、「Full House」の編成で残されたライブ盤。
その演奏力のピークが感じられる瞬間の記録である。
個人的にフェアポートの中で最も好きなアルバムだ。

圧巻は「Sloth」。
リチャード・トンプソンのリード・ギターは、神がかっている。
こういうソロをとれるのは後にも先にもトンプソンだけだろう。
ブルースに走らないフレージングは、フィドルやバグパイプから受けた影響なのかも知れない。
とにかく一度聴いたら忘れられないソロだ。

ここにもう一人の鬼神、フィドルのデイヴ・スワブリック。
トンプソンと絡む「The Lark In The Morning Medley」など、一種のカオス状態といった趣になる。

リズム・ギターのサイモン・ニコルも全編にわたり、切れ味鋭いカッティングでリードする。
彼のフルアコから紡ぎ出される分厚い音色は、バンドの様々な要素の受け皿となっている。

そしてドラムスのデイヴ・マタックス、ベースのデイヴ・ペグの最強リズム隊。
タイトな音色を自在に叩き分けるマタックスに、腰の入った重厚な安定感をもたらすペグは、まさに英国男の体臭がぷんぷんする組み合わせ。
「Jenny's Chickens/The Mason's Apron」でのマタックスの凄まじい叩きっぷりは必聴。

全曲名演の嵐だ。
長距離運転の時など、これを聴くと眠気が吹っ飛ぶ。

♪34 クリストファー・ホグウッド「フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック」

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大事なアルバムを忘れていた。
ホグウッドによる超名盤だ。
「フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック」は16〜17世紀イングランドの鍵盤楽曲集。
このアルバムでのホグウッドはオルガン、ヴァージナル、ハープシコード、スピネットを使い分けている。
ヴァージナル、ハープシコード、スピネットは同じような構造を持つ楽器だが(所謂チェンバロ)、大きさや形によって呼称が変わるのだ。
ジョン・レンボーンの「レディ・アンド・ザ・ユニコーン」に収められている作者不詳の「アルマン」はこの曲集が元ネタである。
高校時代にレンボーンにハマっていた私にとって、こうした古楽のアルバムをによって彼の音楽の源泉を探る旅に出れるのは何とも言えない快感だった。
ジョン・レンボーンの古楽サイドが好きな人ならば、この曲集はまさにどストライクに違いない。
使用楽器も16〜17世紀のものを使用しており、どの楽器も典雅で味わい深い。
楽曲だけでなく楽器毎にも浮かぶ風景が変わってゆくのが楽しいアルバムだ。
朴訥として田舎っぽい響きのオルガンは空気の流れをリアルに感じられる。
糸杉材でできたハープシコードは軽やかで澄んだ余韻。
同じ糸杉材でも小型のスピネットは、倍音が少なめで生々しい息づかいだ。
オーク材と松材で組まれたヴァージナルは可憐な華やかさがある。
4つの楽器が名手ホグウッドによって見事に弾き分けられる。
ファーナビーの「ファンタジア」でのリズムの自在さは何時聴いてもゾクゾクするし、隠れた名曲、ティスドールの「クレメント・コットンのパヴァーヌ」でのカウンターポイントの歌い方も美しい。
ルネサンス時代のイングランドにトリップできる一枚。

♪33 加古隆「Kenji」

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ピアニスト加古隆の異色作。
タイトル通り宮沢賢治をテーマにしたアルバム。

編成が変わっている。
加古隆のピアノ、野沢那智の朗読を中心に、溝口肇のチェロや篠崎正嗣のヴァイオリンが加わる。


トータル40分弱。
一度かけたら、賢治の言葉に引き込まれながら全編聴いてしまうアルバムだ。
そしてエピローグが終わったとき、言葉を味う助力となっていた加古隆の音楽に、しみじみと気づかされる。


死にゆく妹、とし子へ綴った「永訣の朝」。
賢治の言葉を訥々とした説得力で紡ぐ野沢那智の朗読がとにかく見事。
そこに加古隆のピアノが寄り添い、ピアノソロに展開し、チェロが加わり慟哭する。

「ある農学生の日誌〜銀河鉄道の夜」では、修学旅行の汽車から銀河鉄道へつながる瞬間が鳥肌もの。

コミカルな「セロ弾きのゴーシュ」、幻想的な「風の又三郎」。

クライマックス「グスコーブドリの伝記」から、エピローグの「注文の多い料理店の序」では、うつむいて散策する賢治の姿がつい思い浮かんでしまう。

長く廃盤になっていたアルバムだが、2003年に再発され、現在は入手可能。

ぜひとも多くの方に聴いてもらいたい一枚だ。


♪32 Steeleye Span「Ten Man Mop or Mr. Reservoir Butler Rides Again

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スティーライ・スパンの3rd「テン・マン・モップ」。
彼らの初期3枚はどれも名盤だが、とりわけこのアルバムの緊迫感は凄い。
一番スティーライらしい瞬間の記録だったのではないかと思う。


英国民謡をエレクトリック編成で演奏する・・・・というと「フェアポート・コンヴェンションの仲間?」かと思いきや、この両者、微妙にコンセプトが違う。
フェアポートが「民謡を取り入れたロックバンド」であるのに対し、スティーライは「民謡をエレキを用いて演奏する人たち」だ。
エレキである事は一つの方途に過ぎず、あくまで民謡を掘り下げていく姿勢が、スティーライの場合にはより強い。

フェアポートを脱退したアシュレイ・ハッチングス(b)
デュオで活動していたマディ・プライア(vo)とティム・ハート(vo,g)
重みのある美音のピーター・ナイト(fiddle)
そして英国フォークの若き重鎮マーティン・カーシー(g,vo)

という奇跡の顔合わせ。
しかしそこには名手同士のセッションを楽しむ様子は無く、緻密に組み上げられたアレンジが何より耳に残る。
才気に満ちた、張りつめた空気。
ドラムレスの編成もそれを助長する。


アルバムのハイライトは「When I Was On Horseback」
簡素な素材にしてこのドラマティックなアレンジ。
メンバーの原曲に対する思い入れがうかがえる。マディ・プライアの伸びやかな歌唱も力強い。
歌唱といえば「Gower Wassail」でのティム・ハート、「Four Nights Drunk」でのマーティン・カーシーもそれぞれ素晴らしい。
更に「Marrowbones」ではプライアとカーシーの見事なデュオが聴ける。


このアルバムを最後にスティーライの産みの親であるアシュレイ・ハッチングス、更にマーティン・カーシーも脱退する。
4作目以降も良質な作品を発表してゆく彼らだが、よりリラックスした音楽にシフトしてゆく事になる。

このアルバムに見られる緊張感。
ブリティッシュ民謡の奥深さを、突き詰めて掘り下げるストイックさは、まさにこの瞬間の輝きだった。


♪31 Bert Jansch「Bert Jansch

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バート・ヤンシュのファースト。
ペンタングルにおいては、言うまでもなくレンボーンとのツインギターで存在感が光りまくっていた。
ギタリストとしての素養ではレンボーンに一歩譲る感があるが、独特の厚い音色、泥臭さと繊細さとの間を行き来するフレージングはレンボーンに無い味。まさに好対照な二人であった。

ギタリストとして名高いヤンシュだが、このアルバムを聴くと、ギタリストという以前に素晴らしいシンガー・ソングライターだという事がわかる。

「Needle Of Death」「I Have No Time」「Strolling Down The Highway」「Running From Home」など、自作曲がとにかく素晴らしい。
流れのあるスリーフィンガーの伴奏に鼻のかかった声が乗ると、ほの暗い輝きに満ちた、何とも言えない空気が生まれる。

そして「Angie」「Veronica」「Smokey River」など、まさに超級の腕前のギターインストも随所に配置され、これ以上何を望む?という名盤である。
バート・ヤンシュこの時21歳。この天才ぶりには驚くしか無い。


全体の雰囲気は英国らしいのだが、音楽としてはブルース/フォークの影響が濃い。
次作以降、音楽的にも奏法的にもどんどん大胆になっていくヤンシュだが、個人的にはもう2、3枚はこの「ほの暗い」路線でいって欲しかった気がする。


真夜中に聴きたいアルバム。



♪30 Incredible String Band「The 5000 Spirits or the Layers of the Onion」

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♪19で紹介したインクレの3rd「The Hangman's Beautiful Daughter」は、正直いって通しで聴くのが辛くヘビーな作品だった。
しかしながら、その世界観に得も言われぬひっかかりを感じた私は2ndにあたる今作をすぐさま手にしたのだった。


1967年作。
ジャケットに相反して、とても素直なアルバム。
コンパクトでアコースティックな楽曲群がインクレの音楽性をたっぷり聴かせてくれる。


このアルバムが出来るまでのいきさつも面白い。

マイク・ヘロン、ロビン・ウィリアムスン、クレイヴ・パーマーの3人のユニットだった彼らは、1stアルバム「The Incredible String Band」を発表した直後に活動停止!
パーマーはアフガニスタンへ、ウィリアムスンはモロッコへ旅に出てしまう。
残されたマイク・ヘロンは曲を書きため、9ヶ月後に帰国したウィリアムスンと合流し、デュオとして活動再開する事となる。
その時に二人が持ち寄った楽曲が、この2ndに収録されているものだ。


マイクとロビン、二人の特徴を把握するだけでも、彼らの音楽は格段に聴きやすくなると思う。

オーソドックスな曲を書き、わりと平凡な歌声のマイク・ヘロン。
エキセントリックな曲を書き、へろへろな歌声のロビン・ウィリアムスン。

しかし歌唱となるとロビンの方が音程がきっちり明瞭で、マイクの方がふらふらとした妙な雰囲気の音程感を持つ。
案外ここが彼らのミソなのかも知れない。


マイクの代表曲「Painting Box」はイントロからわくわくさせられるし、「Little Cloud」のサビコーラスはロンパールームか、はたまたポンキッキか。
「The Hedgehog's Song」ではマイクの主旋律にロビンのゆらりとした自由自在なコーラス(即興?)が絡む様が秀逸。

対するロビンはといえば、「The Eyes Of Fate」での語り部調の出だしと「オ〜リ〜オ〜リ〜」というサビで全ての印象をさらっていってしまう。
「First Girl I Loved」はちょと風変わりだが掛け値無しの名曲。
そしてこれらで聴けるロビンのギターワークは誰のコピーでもない、オリジナルなものだ。


ううむ。長尺曲も無く、3rdよりも格段に聴きやすいではないか。
愛すべきソングブックだ。

初めてインクレを聴くなら、この盤だろう。
3rd以降から入った方も、ぜひこの盤にたどり着いてほしい。



♪29 Led Zeppelin「Led ZeppelinⅡ」

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ツェッペリンとの出会いは中学の頃にさかのぼる。
ビートルズ周辺の音楽に親しむ中で、自然にこのアルバムを手に取った記憶がある。
「ハードロックといえばZEPとパープル」という刷り込みが80年代後半にも生きていたと思う。

ツェッペリンはパープルやグランドファンクなどに比べると「不健康」な印象の音楽がかっこ良く、魅力的だった。
暗い地下室が似合う感じ。野外フェスとかにしっくりこない。
彼らの音楽はヘヴィでソリッドだとずっと思っていたのだが、今聴くととても綿密な計算で作り込まれたアルバムだという事がわかる。
楽器、声、音色の前後、一つ一つの音をじっくり味わえるアルバムだ・・・と、個人的には感じている。

こういうアルバムを作るグループが、ライブだと(サウンドの統一感という点で)「あれっ?」という感じになるのは仕方ない事だ。

それにしてもジョン・ポール・ジョーンズって凄いですね。

1stも3rdも大好きだが、4人の役割が比較的統一されているこのアルバムが一番お気に入り。




♪28 Ry Cooder「Paradise and Lunch」

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もともと英国音楽が好きなせいか、米国産ポップスで「聴き込んだなあ」と思えるものはあまりない。
その中でもライ・クーダーの音楽はいつでも愛聴している。

私の好きな漫画家、ますむらひろしの「ペンギン草紙」で女の子がDJをする場面があるのだが、そこでかけるのがライ・クーダーの「ゲット・リズム」。
そこで興味を持ち、初めて聴いてみたのが「ゲット・リズム」ではなくこの盤だった。
当時中学だった私は、この人がどれだけ凄いギターの達人なのかは知らずに手に取った。


抑制の利いた生ギターの音。
穏やかなバンドサウンド。
どこか民族的な陽気な曲調。

いやこれは楽しいな〜。

「Tamp 'Em Up' Solid」「Ditty Wa Ditty」でのまさに名人芸なギタープレイから「Fool For A Cigarette / Feelin' Good」「If Walls Could Talk」でののんきな世界まで、いつ聴いても心和む名盤。


それにしてもこれを聴いてスライドギター/ブルース/ジャズに興味を持つまで至らなかったのだから、やはり米国ものは無意識に「対岸のもの」的に感じているのかも知れない。



♪27 Bert Jansch & John Renbourn「Bert And John」

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英国フォークの名盤が続く。
言わずと知れたバート・ヤンシュとジョン・レンボーンのデュオ・アルバム。
シンガー/ギタリストとしての実力も名高い二人だが、ここでは2曲を除いて歌なしのギター重奏である。

地味な内容かと思いきや、これが「聴き流し」ができないプレイの連続なのだ。
「East Wind」ざらついた荒っぽい音の迫力。
「Piano Tune」「Orlando」での美しいハーモニー。
「Tic-Tocative」で互いに伴奏にまわった時の押せ押せ感。
「After The Dance」での6度のフレージングはレンボーンのセンスだろうか。
音楽が躍動して輝いて、圧倒的。トータルタイム27分を一気に駆け抜ける。


楽曲の色合いも多岐に渡っており、フォーク、ブルース、ジャズ、トラディッデョナル、クラシカル・・・・二人の美意識に素直にしたがって紡ぎ出された音楽は、ジャンルの垣根を感じさせない。

私はこのアルバムを聴いてギター生音の迫力を教えられたし、ある者はブルースギターのかっこよさに目覚め、またある者は中近東音楽に目覚めた事だろう。

この多種多様無国籍感が後のペンタングルに直結するのだ。


このアルバム発表された1966年は音楽的な過渡期ともいえる時期で、画期的なアルバムが多く世に出ている。
ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」、ビートルズの「リボルバー」、 ディランの「ブロンド・オン・ブロンド」、エクスペリエンスのデビューもこの年である。

セールスとしては上記のモンスター・アルバム達に遠く及ばずとも、その後の影響力の広さではこの「Bert&John」もまったくひけをとらない。


特にギターを志す者にとって、いつまでも強烈な光を放ち続けている。

それにしても完全に左右に振っているミックスが渋い。
*左:レンボーン 右:ヤンシュ



♪26 Martin Carthy「Martin Carthy」

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英国フォーク界のギタリスト/シンガーとしてジョン・レンボーンやバート・ヤンシュと並ぶビッグネームでありながら、何故か日本での知名度は驚くほど低いマーティン・カーシー。

ブルースにトラッドやジャズの要素を取り入れながら、果ては中世ヨーロッパ音楽にも傾倒して華麗なギターワークを作り上げていったレンボーン。
シンガー・ソングライターとして強烈なカリスマ性を持ち、伴奏にとどまらない素晴らしいダイナミクスのギタープレイでも名を馳せるヤンシュ。
二人に比べるとカーシーは愚直なまでに「英国的」なミュージシャンだ。
何か新しい事をするでもなく、自国の伝承歌を歌い続ける。そのスタンスは基本的に現在まで貫かれている。

私はギタリストとしてはレンボーンに多大な影響を受けたが、歌い手としてはカーシーが一番好きだ。

伝統的なバラッドを淡々と歌い紡ぐこのファースト・アルバムは、わずか半日で録音されたという。
参加ミュージシャンは歌とギターのカーシーと、フィドルのデイヴ・スウォーブリックのみ。

歌い慣れた伝統歌ばかりだったとはいえ、よどみの無いテナー・ボイスと淡い色合いのギター伴奏は、カーシー当時24才とは思えない貫禄をみせている。
これを聴いた当時20代の私にとって、宝物のような輝きを放っていた。

特に「The Trees They Do Grow High」での優しさ、懐の深さは格別。
英国の森、丘、風、そんなものを音の背後から感じるのだ。
カーシーはきっちりと歌いきるのだが、どこか涼しい音楽になっている。
「きっとスナフキンは丘の上でこういう風に歌うだろう。」
と、勝手に想像を膨らませていた。

有名な「Scarborough Fair」も収録。
この曲をポール・サイモンに直接教えたのはカーシーだったという。
サイモン&ガーファンクルの見事な歌唱で世界的に広まったこの曲だが、著作権をサイモンが所有している事実にカーシーの胸中やいかに。
これを聴くと、サイモンのオリジナルではあり得ない事がよく分かるのだが・・・
カーシー自身も「あの曲は伝承歌だよ」と語っている。

名盤中の名盤だが、発売当時ヒットには至らず。
日本でも国内盤CD化されたのは近年の事である。

しかし一人でも多くの方に聴いてもらいたい世界だ。




♪25 Peter Paul & Mary「明日を見つめて」

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少し前後するが、これもよく聴いたアルバム。
確か高校1年の時に買った。

ピーター・ポール&マリーは60年代モダン・フォークの象徴的存在。
特に日本においての人気は高かったと聞く。
1975年生まれの私は当然リアルタイムではないが、生ギターのフューチャーされているものは大抵聴いていたので、PPMなども当たり前のようによく聴いた。

PPMといえば3人のハーモニーが魅力だが、私のイメージではS&GやCS&Nのように「声質が溶け合い化学反応を起こす」タイプではなく、「それぞれの世界を持ったシンガーの集団」という感じがしていた。
今聴きかえしてもその感想は変わらない。

初期のアルバムは反戦色が強く、これぞPPM!という名曲も多いのだが、私が愛したこのアルバムはメッセージ色が比較的薄く、何気ない美しさを持っていた。


「朝の雨」"Early Mornin' Rain"は彼らの数あるカバー曲の中でも最高傑作に思えるし、「ジェーン・ジェーン」"Jane Jane"でのスリーフィンガーギターのアンサンブルは圧巻。「ハングマン」"Hangman"の旋律の美しさ、アレンジの的確さ。

そしてハイライトは「愛は面影の中に」"The First Time Ever I Saw Your Face"
これがあのバート・ヤンシュもカバーしたイワン・マッコールの曲だとは、数年間分からなかった!
彼らの手にかかると英国らしいドロッとした影が消えて、何やら優雅な空気すら漂う。PPM節がハマっていて見事。


メインを張る感じの濃い曲は見当たらないものの、愛すべき小品が詰まっていて最初から最後まで思わず聴いてしまう。

地味だが味わい深いアルバムだ。




♪24 ルービンシュタイン(P)、トスカニーニ/NBC交響楽団「ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番」

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クラシックに親しみ始めると、交響曲よりも協奏曲の方が面白くなってくるものだ。
ソロパートの名人芸とアンサンブルの迫力の両方が味わえるのだから、これは楽しい。

そもそもこの盤はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が聴きたくて買ったのだが、カップリングされたピアノ協奏曲の方に夢中になってしまった。特に第2楽章には心をえぐられた。


ルービンシュタインの澄みきったフレージングとトスカニーニの棒の下で粛々と進行するオケ。そしてノイズ混じりの古い録音・・・。
肩を張ったり粘ったりするところが全く無く、とにかくルービンシュタインの歌が美しい。
寄り添うオケの音色は幾層にも厚みを持たせ、深遠ですらある。

当時19才。学校で23時まで練習し、帰りは概ね最終電車だった。
疲れきった身体を京浜東北線の座席にあずけ、うとうとしながらこの演奏を聴いていたものだ(当時はイヤホンでも音楽を聴いていた)。

国際新堀芸術学院での毎日はいろんな事がありすぎて運動会のような生活だったが、充実していた。
苦しい事も沢山あったが、今となってはよく笑った事とよく練習した事しか覚えてない。

そんな青春の場面の挿入歌のように、この演奏は今でも私の心に染み込んでいる。




♪23 リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団「J.S.バッハ 管弦楽組曲」

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我が青春の学生時代。
アンサンブル中心にクラシックギターを学べた事はとても勉強になった。

私の学校はギター合奏に特化したカリキュラムを持っており、今思うとかなり特殊な校風と言える。

次のように各楽器を置き換える。

第一ヴァイオリン=第一アルトギター(通常ギターの5度上の調弦)
第二ヴァイオリン=第二アルトギター
ヴィオラ=プライム・ギター(所謂普通のクラシックギター)
チェロ=バス・ギター(通常ギターの4度下の調弦。すなわちアルトギターの1オクターヴ下)
コントラバス=コントラバス・ギター及びギタロン(通常ギターのオクターヴ下の調弦)
チェンバロ=チェンバロ・ギター

というように各種ギターを使用すると、管弦楽のパートをそのままギターに移し替える事ができる。
これがやってみると面白いのだ。

今まで「あちらの世界」だったバッハやヴィバルディが、現実世界のものとして認識される感覚。何しろ「聴く観る」のではなく、実際に指揮者の元で「体験出来る」のだから。
各種ギターを使う事によって、音域的にもオリジナルと同様の響きが得られる(相対的にではあるが)。
美しい旋律の下で中音低音パートが一体何をしているのか?それがリアルタイムでわかるというのはとても楽しいものだ。

となると、クラシックのCDとスコアを同時に購入して楽しむ習慣が自然とついてきた。
よく友人達と関内のYAMAHAへ行き、いろんな盤を買いあさっては聴いたものだ。
そのうちの一つがこれ。


バッハの管弦楽組曲には数多く名盤が存在するが、私が一番思い入れがあるのがリヒター盤だ。
古楽器(バッハ時代のオリジナル楽器)使用での軽やかな演奏が全盛の今日だが、リヒターのバッハは一貫してモダン楽器での重厚な表現。

第一番や第二番の序曲を聴けば、その音の壁に圧倒される!
特に第二番はフルートのオレール・ニコレの希代の名演ソロと相まって、涙無しでは聴けない。
私にとってこれを越える二番は未だ無いのである。

私が一年生の時に、伊豆にある姉妹校のオーケストラがこの第二番を演奏していて非常にかっこ良かった。いつか俺たちもバッハをやってみたい!と思ったものだ。
そして最後の年に念願のバッハ:チェンバロ協奏曲第三番を演奏する事ができた。

一生忘れない、良い思い出だ。



♪22 Andres Segovia「リュートとチェンバロのための作品集」

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高校卒業後はギター専門学校、(財)国際新堀芸術学院に進学した。
クラシックギター科の4年制である。
鉄弦ギターばかり弾いていた私は初歩からのスタートを切ったわけだが、そもそも「クラシックギター」というもの自体あまり聴いた事が無かった。

ギターの第一人者といえばアンドレス・セゴビアだろうという事は私も知っていた。
とりあえずこのディスクを買ってみたのだが、なんと3曲目にジョン・レンボーンの演奏で馴染みのある「メランコリー・ガリアード」が入っているではないか!これで俄然気持ちが盛り上がった。

セゴビアはとにかく「美音」であるとの評価をよく耳にするが、私としては音よりもその歌い回しにアタワルパ・ユパンキに通ずるロマンを感じていた。
変にカッチリしておらず、自由奔放。
粗野ではないが、どことなくクラシックらしくない。
そこに引きつけられた。

全21曲どれも愛すべき小品である。
中世趣味の私にピッタリの選曲で、どの曲も一度で大好きになってしまった。
特にシャーレの「メヌエット」には心惹かれた。
簡素な構成と香り高い旋律、それに絡まるセゴビアの歌。
ううむクラシックギター、素晴らしいではありませんか!

こうしてギター漬けの日々が本格的に始まる。




♪21 Camel「The Snow Goose」

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中学で好きになったプログレも高校に入る頃にはだいぶ興味が薄れてきていた。
そんな中でこのアルバムだけは不思議と聴き続けていたものだ。

キャメルはシンプルな4人構成のバンドで、プログレバンドというよりはファンタジーロックといった趣のアルバムを作る。
このアルバムは同名小説からインスピレーションを得たコンセプト・アルバムで、全編ボーカル無しで綴られている。
ロックというよりCUSCOなどのニューエイジにカテゴライズした方が印象は近いのだろうが、随所に見られるバンドらしい音がプログレ好きにとって妙な郷愁を誘う。
特にタイトル曲でのギターはレスポールそのものの甘い音色で、必聴。

曲自体はとてもシンプルだが、楽器編成は凝っている。
もちろんバンドサウンドがメインなのだが、突然フルートやストリングスが入ったり、ピアノ曲があったり、アコースティックギターとエレキギターのメロディーが乗ったり、飽きさせない。
前半と後半に山を作り、アルバムとして一気に聴かせる手法も秀逸。

Rhayader」「Rhayader Goes To Townの流れはロックバンドとしての聴きごたえもあるし、小品ながらFrithaでのアンサンブルは大変美しい。

寝付きが悪い時にかけると良く眠れる名盤。



♪20 ATAHUALPA YUPANQUI「人類への遺産」

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中学時代までは音楽といえばポップス主体だった。
そこから聴きたいものを気分にまかせて聴きあさってみたところ。高校時代後半になって完全にワールド指向になってきた。

アメリカの音楽、ブルースやジャズには自然と興味がいかなかった。

同じくビートルズが根にあっても、その後どのような音楽を通るかは人それぞれだ。
ロックのルーツとしてブルースやカントリーへ旅立つ人もいれば、ギターの演奏技術に興味を持ちジャズ〜フュージョンへ潜って行く人もいる。

ビートルズの、何をやってもどこか冷笑的な態度が好きだった私は、自然と英国の音楽に惹かれていったのだろう。

アメリカ音楽とイギリス音楽の違い。それと同じような感覚を、スペイン音楽と南米音楽にも感じる。

いわゆるフォルクローレ音楽はスペインの影響を色濃く受け継いではいるものの、フラメンコの「暗さ」「熱さ」のハッキリした表情と比べると格段にさりげない語り口だ。
乾いた風の匂い。土の匂い。草の匂い。
行間から感じるそういったものにえらく感傷的になっていた17才の私であった。


アタワルパ・ユパンキに惹かれたのは高校2年の夏。フォルクローレのコンピレーション盤に数曲入っていたのが最初だ。

「トゥクマンの月」を初めて聴いた衝撃を、どうあらわせば良いだろう。
歌とギターだけ。歌は訥々と、ギターも超絶技巧ではない。難解なコード進行でもない。
しかし「ここがどう、そこがどう」と言ってはいけないような、存在感の塊があった。


高3になってすぐにこの8枚組全集が限定発売された。
日本の独自企画らしく、監修が濱田滋郎氏と竹村淳氏。両氏の解説はワールドミュージックのCDでよくみかけていた。

この8枚は本当によく聴いた。
1枚目〜8枚目にいくにつれて、ギター高域がリアルになってくる。個人て的にはくぐもった初期の録音が好きだ。
「牛追い」「こおろぎのサンバ」「さらばトゥクマン」「インディオの道」「貧しいサンバ」「愛する土地」「わが故郷のサンバ」「赤毛の馬」「夢見るサンバ」「トゥクマンの月」「おじいさんの歌」「失われたわが愛馬」・・・好きな曲を挙げるとキリがない。

解説における竹村淳氏の

「音楽にふれて感動したとか感銘を受けたというのは賛辞であるが、ユパンキについてはそんな言葉では表しきれない。あえて言うなら”お世話になった”とでも言えばいいだろうか」

という言葉は的を得ていると思う。


限定発売だったのでもう手に入らない。
私はタイミング良く入手できたが、もっと多くの方のために再発売を強く希望する。



♪19 Incredible String Band「The Hangman's Beautiful Daughter」

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ロビン・ウィリアムスンの不思議な世界観に魅せられた私は、当然の事ながら彼の在籍したインクレディブル・ストリング・バンド(ISB)を聴くようになる。

アルバムThe Hangman's Beautiful Daughter
私が買った輸入盤のジャケットは写真右のものだったが、正規盤は写真左のものである。
この右ジャケットのアコースティックで雑多でカラフルな感じは、見事にISBの音楽を表しているように思う。

肝心の音楽は・・・・
最初は正直いって通して聴くのが辛かった。


ロビンのソロでは音の隙間があって聴きやすかったのだが、ISBは本当に雑多な音の渦が整合性なく通過して行く感じ。
楽器は笛やカズー、鈴にオルガン、チェンバロ、ギター、シタール、ハープ、ハーモニカ、といったアコースティックなものばかり。

響き自体は身震いするほど魅力的なのだが、安定しない構成の曲ばかりでなかなか頭に入ってこないのだ。


一度聴いてあまりに辛かったのでほっておいたのだが、何故かまた聴きたくなるのは不思議としか言いようが無い。

Waltz Of The New Moonから
The Water Songへの流れがハイライト。

前者はロビン節炸裂でロビン好きなら気に入る曲だと思う
チェンバロとハープの組み合わせはありそうで無い。
後者はオルガンと笛と水の音のSEをバックに淡々と語るようなロビンの歌が良い。


いずれにせよ、このアルバムが英国チャート5位にランクしたというのは1968年当時のヒッピーカルチャー全盛を象徴しているのかも知れない。



♪18 Robin Williamson「Myrrh」

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レンボーンを聴くようになってから、CD屋の「ブリティッシュ・フォーク/トラッド」というコーナーに入り浸るようになった。
これはそこでジャケ買いしたアルバム。

今でも最も好きなジャケットの一つだ。
丘の中腹で何してるのかよくわからん人々と犬と大空。


一曲目「Strings In The Earth And Air」
ジャケットの風景から風が吹いてきた感覚がした。
パーカッション、ベースなどのリズム楽器は無い。
擦弦楽器のドローンに乗って、ゆったりと雲のように流れる旋律とへんてこな声。
間奏の笛では草の匂いや乾いた風の匂いまでしてきそう!

三曲目「The Dancing Of The Lord Of Weir」
ロビンのへんてこな歌唱は暴走し、歌というよりも劇の語りのようである。
アルバム通して民族楽器の響きに満ちた、東洋、中近東、東欧、古代、といった味付けのゆるい曲ばかりで、シングルカットできそうな曲は無い。
「Aメロ Bメロ サビ」
といった形式や予定調和から大きくはみ出してしまった感があり、とても一回だけでは掴みきれない難解な構成だ。
かといって決してテキトーでなく、音楽的素養を感じさせるのが独特。

フィンガースタイルのギター小僧にとってはあまり食指が動く内容とは言えないが、へんてこな歌声と生楽器群の絡みの生み出す世界観にすっかり魅了された。

というか、ギターを好きになってからというもの「ギター」よりも「生楽器」の音楽ばかりに出会うようになった気がする。


何はともあれこのアルバムは、ジャケットの世界のおとぎ話にタイムスリップするような、妙な楽しみ方ができるアルバム。決して耳触りは良くないが、味のある音が詰まった名盤だ。

これを作ったロビン・ウィリアムスン
とにかくただものではない感じはぷんぷんしていた。

後で知ったが、レンボーンとこの人は親友同士で、現在でも一緒にライブをする仲だという。

二人に共通するのは一直線な真面目さかもしれない。
レンボーンの古楽への傾倒、ウィリアムスンの各種民族性への邂逅。
キャッチーさのかけらも見せぬ彼らの音楽を聴くと、そんな印象を受けてしまう。


このアルバムとの出会いにより、ウィリアムスン在籍のユニットインクレディブル・ストリング・バンド(ISB)の名を知った。
ISBは私にとってビートルズと並んで影響を受けた音楽集団である。




♪17 Pentangle「Cruel Sister」

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高二の後半はジョン・レンボーンを中心にまわっていた。
となると当然ペンタングルを聴かねばならぬ!

メインボーカルにジャッキー・マクシー 、ギター&ボーカルにジョン・レンボーン、バート・ヤンシュの2大名手、リズム隊がダニー・トンプソン(b)とテリー・コックス(dr)。
彼らの以後のキャリアを鑑みても、まったく奇跡のアンサンブルと言える。

とはいえ「溶け合う」系のアンサンブルではなく、各個性のぶつかり合う、スリリングな展開が持ち味。
孤高のシンガー・ソングライターであるヤンシュと、懐古趣味のレンボーンとでは共通点より相違点の方が見つけやすいし、そこにジャズ畑のリズム隊とキッチリ民謡を歌うマクシーが絡むのだから、スリリングになるのも無理は無い。

1st〜3rdアルバムまではそんな組み合わせの妙が全面に出ていて、誰にも真似できない独特の世界を作り上げている。


さて、このアルバム「クルエル・シスター」は4作目。
ここでは完全にトラディッショナル路線の彼らが聴ける。
マクシー及びレンボーンのコンセプトである事は明らかで、レンボーンにすっかり魅了されていた私にとっては当時、ペンタングルで一番好きなアルバムだった。特にタイトル曲の淡々とした切なさには影響を受けた。

原曲はイングランドに伝わるバラッドで、中世騎士と姉妹の三角関係がもつれ、殺人事件に至った物語を歌っている。
バラッドにはこういう血なまぐさい題材が多く、しかも旋律がやたら美しいので余計に不気味さを助長するのだ。

ここにはスリリングな展開もハッとするようなプレイも出てこないが、7分間身を浸すように聴くのが好きだった。
高校当時から色気の無かった私はこういう抑揚の無い音楽を好む傾向があり、以後トラッド及び古楽といった「そういう音楽」ばかり探して聴くようになってゆく。




♪16 John Renbourn 「Lady And The Unicorn」

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さてジョン・レンボーンの音楽に出会った高2の私は以後、フィンガーピッキング・ギターの世界にどっぷりとハマってゆく事になる。
ピック弾きとは違い、ギター1本で音楽が成立する様がとにかくかっこ良かった。

そのスタイルプラス、独特の影のある曲調にも影響を受けまくった。
所謂「古楽」と呼ばれる部類である。
典雅で懐かしい。旋律的ではあるのだが「歌う」というより「語る」ような音楽。
そしてレンボーンのアルバムの中でも最も古楽色が濃いのがこのアルバム「レディ・アンド・ユニコーン」である。


国内盤を買って本当に良かったと思うのは、解説書によって曲の素性がわかった事だ。例えば

1曲目「トロット〜サルタレロ」は作者不詳の14世紀イタリアの音楽。
5曲目「アルマン」はイギリスの鍵盤音楽集、フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブックより。

等々。
その他にも、この解説書からジョン・ダウランドを知り、ギョーム・ド・マショーを知り、デヴィッド・マンロウを知った。
私にとってこの解説書はいにしえの世界へ誘う古文書のような感覚だった。

それらの「元ネタ」をいろいろ発掘して聴いてみると、レンボーンのアレンジの斬新さもよくわかるのである。

特に「トリスタンの嘆き〜ラ・ロッタ」は意欲的アレンジだ。
概ねの古楽演奏では「トリスタンの嘆き」が緩、「ラ・ロッタ」が急、というスタイルなのだが、レンボーンはそれをあえて無視し、「トリスタンの嘆き」でリズムを強調し旋律を力強く刻んでゆき、「ラ・ロッタ」ではアップテンポながらも非常に柔らかい、流れるようなタッチのギターを聴かせてくれる。
このセンスには惚れ惚れしてしまう。

全編にわたり、このアルバムのギターの音は大好きだ。
ギターの胴鳴りの柔らかさも、鉄弦のクリスタルな輝きも満喫でき、いつ聴いても感動できる。正に私のマストアイテムである。



♪15 John Renbourn 「Sir John A Lot Of Merrie Englandes Musyk Thyng & Ye Grene Knyghte」
(「鐵面の騎士」)

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私のギタリスト人生はこのアルバムから始まったと言っても良い。
高2の夏に友人から何気なく「賢一君が好きそうだから聴いてみて」と渡されたカセット・テープ。
それがこの「鐵面の騎士」だった。

それまでも生ギターの音が好きで、ジャンルを問わずに良い演奏&良い音を追っていた。
ニール・ヤングに代表されるアコースティックなシンガー・ソングライター
カントリーやブルーグラス、ブルースなど所謂アメリカ産の音楽
それらも大好きだったが、このアルバムの英国的な影と湿度を伴った生々しさが私には一番ピタッときたのだ。
「これだ!」と思った瞬間は忘れがたい。
そういう風に書くと、どんな凄い内容だろうという感じが、実際にはものすごく地味〜な音楽である。
しかし私にとっての衝撃は最大級だった。

冒頭からして空気が違う。
ギターと鉄琴のアンサンブルで奏でる、何やら古い感じの端正な曲。
ギターがとてもクリアーで、しかも一音が歌っている。

2曲目のイントロのアルペジオはどうしょうもなくかっこ良かった。それに乗って今度はフルートが旋律を歌う。
それにしてもギターの伴奏がタダモノではない。コードフォームにとどまらず、まさに縦横無尽なアレンジ。
ついついギターを追ってしまう。

3曲目はギターソロ。
1曲目と風合いが似た古い感じ。レンボーンのオリジナル曲なのだが、構成といい演奏といい圧倒的な世界だった。
ギター1本でこんな事ができるのか。
というか歌が出てくる気配がない。

ここまで聴いた時点で「事件」だった。
居ても立ってもいられずCD屋に走った。
国内盤CDを即購入して解説を熟読しながら一日中聴いていた。
そして何やら小さな紙片が・・・・

『ジョン・レンボーン タブ譜希望の方は下記住所まで切手をお送りください・・・』

申し込んだら数日後にコピー譜面が届いた。
今思い返してもかなり不思議なサービスだと思う。さすがに今の盤にはこの紙片は入っていないだろう。

譜面には3曲目「Lady Goes to Church」も含まれていて、とにかく必死で練習した。
自分と譜面とギターだけの狭い空間が、ものすごい広がりとときめきに満ちていたのを思い出す。

秋にはどうにか弾けるようになり、その頃には「将来ギターでやっていきたい」と考えるようになった。
笑ってしまうほど場あたり的かつ楽天的だが、このアルバムで得たインパクトとパワーがあれば何でも出来る気がしていた。



♪14 CUSCO「Apurimac」「Cool Islands」

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フォルクローレをはじめとする民族音楽と出会い、素朴な音色と旋律美に惹かれていった私は、何となく立ち入ったニューエイジのコーナーで忘れられない出会いをした。

CUSCO(クスコ)というのはインカ帝国の首都の名前。
そのものズバリを冠したユニットがあるのか・・・と手にとったのが、アルバム「Apurimac」(邦題「インカ伝説」)。
素っ気ないジャケットだったが何となく無視できず買ってしまった。


いわゆる「世界旅行気分」を味わえるというBGM的な音楽・・・
と、思いきや、なかなかどうしてセンスが良い!


曲構成は「無理矢理癒す系」のベタなコード進行では無く、どちらかというと歌謡曲に近い明快な構成。
飽きの来ない旋律もさえている。BGMにとどまらず、思わず続きを聴こうとしてしまうのだ。

何より、シンセでメロディを弾く80年代に流行したスタイルをとっていながら、音色が「ケーナ」や「パンフルート」なのである。
なるほどこれはCUSCOだ、と妙に感心した。


基本的にとっつきやすい音楽なのであっという間に覚えてしまい、次に買ったのが「Cool Islands」(クール・アイランド)。
これには更に参った。

ベーシックなケーナ系の音色を微妙にいじって「冷寒地」の雰囲気を見事に再現している。
更に「哀しみのクジラ」「ツンドラ」ではエレキギターを用いて壮大さを増し、「オーロラ」では生ギターのアルペジオが入っていい味わいを出す。


休日は朝寝坊をしながらCUSCOをかけるのが好きだった。
夏休みの部活(剣道部)が終わった後の昼寝の時とかも最高。
妙に色彩感を強調せずに、旋律で勝負する感じが今でも好きだ。

改めて聴き返してみると、私の曲のダイアトニックな構成はCUSCOの影響がかなり大きいように思われる。
悲しい曲でもハッキリスッキリしている感じというか・・・

憂いが薄くても直球勝負でいいじゃないか。

CUSCOは今でも私にそう投げかける。



♪13 Maya「Machu Pichu」

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私はかねてより南米に憧れを持っており、中学生の頃からインカ帝国の盛衰物語やボリビアやペルーの原色の強い民族衣装、村の風景などに強く惹かれていた。
高校時代当時(1990年頃)ビッグコミック・スピリッツで「ジパング少年」という漫画が連載されており、そこでもインカの文化が紹介されていて夢中になって読んだ。
その時期に新譜として街のレコード屋に飾られていたのがこのアルバムである。
¥3200で高かったが、ジャケットにも惹かれた。

南米フォルクローレといえばケーナやサンポーニャといった笛が主役。となると、ギターが主役のフラメンコに比べて当然「旋律的な」音楽が多くなる。


Mayaは日本人のグループで、元々はストリート・ミュージシャンだったそうだ。
ここに収められているのは、アンデス地方でインカ時代の昔から伝え演奏されてきた音楽なのだが、まるで日本の昔話を聞いているような懐かしい感覚がするのが不思議だ。

各奏者の確かな技量と、少し奥まったかんじのする録音。
洞穴の奥から聴こえてくるような、変わった効果を生んでいる。
それが昔話風の、どこか朧げな味付けになっているのだろう。

「人々の悲しみ」を意味する「リャキ・ルナ」と、アンデス版の大地讃歌とでもいうべき「ワイニョ・アイマラ」がハイライトで、共に素朴な旋律に日本人感覚の構成が光る。


このアルバムの後、本場のケーナ奏者アントニオ・パントーハの演奏を聴いたのだが、Mayaにくらべて非常に簡素な歌い回しに驚いた記憶がある。録音もドライで素っ気ないくらい。
やはりMayaは日本的な旋律的「歌い上げ」を意識していたのだとその時実感した。




♪12 Paco De Lucia 「Entre Dos Aguas」(ベスト盤)

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*この辺りから時系列があやふやになってくる。
何しろ同時進行でいろんなものを聴いていたので、正確に順番通りに紹介できない事をご了承ください*

ジプシーキングスの初期ライブ盤を聴き込み、フラメンコ・ギターの乾いた音にも親しんでいた中学高校時代。
そうなるとバンドではない、いわゆる「フラメンコ」という形式のものを聴きたくなってくる。
そして、CD屋に入り浸っていれば「フラメンコ・ギターの第一人者はパコ・デ・ルシア」といった情報は容易く手に入る。

何を買うか最初は相当迷った。
ジャケットに惹かれたのは「幻想」
最高傑作と帯にあった「アルモライマ」
最新作「シロッコ」

それらで悩んで結局無難にベスト盤を買う、という経験は誰しもある事だろう・・・・

期待をはるかに超えた技巧の冴えと曲の楽しさだった。
最初にかけて流れてきたのがベースの音だったのには少々びっくりしたが(「二筋の川」)、それも慣れると病みつきになる。

又、ベースやパーカッションの入っている曲とソロの曲が混在していて、その差も興味深かった。
ソロ曲のサウンドは乾いていて素晴らしく、まさに期待していた味わいだったし、アンサンブルものも、特に「広い河」「チャネラ」などは歌えるほどメロディアスなアレンジで楽しい!

「パナデロス・フラメンコス」は簡潔なソロ曲だが、とにかく指が動く動く!
ベース音も主旋も濁りがまったくない明るい澄み切った音で、こんなのを一人で弾いてるとは当時は信じ難かった。

全くこのアルバムは素晴らしい選曲だと思う。
伝統的なもの革新的なフュージョンが交互に出てくるので飽きがこないし、聴いていてどこか安心感がある。
パコといえば「フラメンコの革新者」というイメージがあるが、「祭りの日のショール」「ルシアのグラヒーラス」「入り江にて」などの伝統的な形式の楽曲でも冴え渡ったタッチが効いている。

また「ソロンゴ・ヒターノ」「門にたたずむ少女」「エル・ヴィート」は今のところ国内盤ではこのアルバムでしか聴けない。


ジプシーキングスといいパコといい、初めて聴きこんだナイロン弦ギターの響きはクラシック・ギターではなくフラメンコ・ギターのものだったという事は自分でも意外な感じがする。




♪11 Neil Young 「After The Gold Rush」

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前述「ロック・ベスト・100アーティスト」カセットで洋楽の主だったものに親しんできたが、今思えばこのシリーズにはとんでもない大物が抜けていた。
ニール・ヤングである。

まあ、こういったシリーズは「大ヒット曲」を集めるものなので、ヤングが漏れたのは当然かもしれない。
(しかし彼の唯一の全米No1ヒット「孤独の旅路」も入ってなかったのは意外な感じだが)


彼の音楽を知ったのは、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)のベスト盤でだった。
「ヘルプレス」で初めて彼の声を聴いたのだが、まず声と顔とのギャップに驚いた。
このイカツイ顔にはしゃがれた声がセットだと思っていたのだ。
ところが出てきたのはコブシの無い澄んだハイトーン、頼り無さげなビブラートも効いていて、いっぺんで好きになってしまった!

CSN&Yのベスト盤にヤングの作品は「ヘルプレス」一曲だったが、ナッシュの名曲やコーラスのセンスよりも、ヤングの声のインパクトが一番大きかった。


その後当然ヤングのソロ作に入っていくのだが、今回取り上げる「After The Gold Rush」、これにはまいった。
どうまいったかと問われると非常に困るのだが・・・・

何しろビートルズのような完成された旋律美や、プログレバンドの冒険、クイーンのような変幻サウンド、どれも無い。
とてもザラっとした手触りのアルバムだ。
そしてギターにしろピアノにしろ、超人的な技があるわけでなく「何をやっているか」は聴けば大体分かるのだ。

マジックは何も無いのだが、何故ここまで引き込まれるのか、高校生当時はなかなかわからなかった。


彼の魅力は一聴してそれとわかる存在感に他ならない。
ギタープレイも実はかな〜り面白い事をしているのだが、他のプレイヤーのようにギタープレイを単体で感じさせない。
「ああこれは、ニール・ヤングのストロークだな」で括られてしまう存在感があるのだ。
歌声しかり、ギターソロしかり。


このアルバムには現在まで本当にお世話になっており、今までで最も聴いたアルバムの一つだろう。


ちなみに私は「テル・ミー・ホワイ」のコード進行が大好きだ。
GのキーでCから開始、Emで終止。Bmを入れるタイミングも泣けるなあ。と、暗い部屋で一人唸っていたのを思い出す・・・・。




♪10 Emerson, Lake & Palmer「展覧会の絵」

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20年ほど前、ガレージ・セールや高速道路のサービスエリアで「ロック・ベスト・100アーティスト」というオムニバス・カセットシリーズをよく見かけたものだ。
60〜70年代のいわゆる洋楽全盛時代のベスト盤といった趣。
私はそのシリーズが大好きで、全10巻を少しずつ集めては楽しんでいた。

その中で気に入った曲があると、そのアーティストのオリジナル・アルバムを聴いてみるのだ。

そこで知ったアーティストといえば
イエス
ジェファーソン・エアプレイン
ムーディー・ブルース
ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ
キング・クリムゾン
エリック・クラプトン
ディープ・パープル
ジミ・ヘンドリックス
・・・まさにそうそうたる顔ぶれ!

そして、今回のエマーソン・レイク・アンド・パーマーも同様であった。


アルバム「展覧会の絵」が凄い、という事は両親からチラリと聞いていた。
なので期待感を持ってオムニバス盤に入っていた「プロムナード」「バーバ・ヤーガの小屋」を聴いたのだが・・・この時は非常にパッとしなかった。

う〜ん、シンセだなあ。という印象しか持てず、少々がっかりしたのだが2年後にオリジナル・アルバムを知人に貸してもらってから印象が一変する。

これはアルバム全部で一曲だった!

勿論トラックは切ってあるが、30分強に渡るよどみない流れは文句無しにかっこ良かった。
特に「バーバ・ヤーガの呪い」から「バーバ・ヤーガの小屋」への怒濤のなだれ込みは今聴いても興奮してくる。
更に驚くべきはこれがライブだという事。
バスドラムの音が妙に鮮明なのが生々しくて好きだ。


70年代前半、プログレッシヴ・ロックのアーティスト達のアルバムは楽しい冒険に溢れている。
一枚の中にポンとクラシックの小品があったり、ギター・ソロが一曲だけあったり、長尺な曲ではアンサンブルの厚みも曲展開も変幻自在。音楽好きの少年がハマらないわけがない。

エマーソン・レイク・アンド・パーマーの他にもイエスやキング・クリムゾン、ジェネシスなどはよく聴いた。
聴く度に発見がある感じ、これがたまらなくが好きだった。

面白いのは、プログレバンドにアコースティック・ギターの名手が多かった事。
彼らのアルバムの合間に収められたアコースティック・ナンバーはどれも素晴らしい名演奏で、比較的サイズの長いアルバム中にあって全体の流れに強烈な彩りを与えている。

「展覧会の絵」に収められたグレック・レイクの奏でる「賢人」もその代表的な作品で、撥弦感のある端正な音で奏でられるクラシカルな中間部ソロにほれぼれしたものだ。
これは自分でも弾いてみたい!

コピーには苦労したが、「アンジー」を1曲コピーした経験がものを言い、「物理的に不可能」という感覚は無くなっていた。

「展覧会の絵」を聴いていた頃は「音楽好き」という性分と「ギター」の両者が完全に同期してきた時期だったと思う。




♪9 Simon&Garfunkel
「Sound Of Silence」「Parseler,Sage,Rosemary and Thyme」

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時期が前後してしまったが、私がアコースティック・ギターを手にしたのは中学2年の時だ。
インストゥルメンタル曲「アンジー」との出会いが今後の人生を変えてしまったと言っていい。


それはある漫画がきっかけだった。
かのアルフィーを題材にした漫画「ドリーム・ジェネレーション」。
それを立ち読みした日の事は忘れられない。
第2巻、高校生の高見沢、桜井、坂崎がバンド活動をするというくだり・・・・
ギターの名手、坂崎がバンドメンバーの前で「アンジー」を披露して驚愕される場面が出てくる。

それを見て、無性に自分もやってみたくなった。
驚愕されてみたい。

その巻後半には、坂崎と高見沢との「アンジー」特訓場面も描かれており、ますます
「自分にも出来るのではないか」
という思いが強まった。

「アンジー」はアルバム「サウンド・オブ・サイレンス」の6曲目である。
リズミカルなベース音、切れのあるハンマリングとプリングの連続、和音の迫力!
ポール・サイモンの指さばきは本当に凄すぎて、たった一人で弾いているという事実は漫画を読むまで知らなかった。
ギター1本でここまで音楽できるんだ!


まず近所のお兄さんにフォークギターを借りた。
キャッツ・アイのドレッドノート。弦高は高かったがめちゃくちゃ嬉しかった。
いきなり「アンジー」を弾けるとは思わなかったので、他の曲を練習する事にした。
S&Gの曲集を立ち読みして情報を仕入れては、家でやってみるという連続だった。
例えば「スカボロー・フェア」は7カポで最初の押さえは2弦3フレットと4弦4フレット・・・というところまで記憶し、鳴らしてみる。
おお〜レコードと同じ音が出るではないか!

そうして地道に本屋に通い、まず「スカボロー・フェア」を完成させた。
1曲出来るとモノスゴイ自信が出てきて、「59番街橋の歌」「早く家に帰りたい」なども同じ要領でコピーして調子にのった。
当時の本屋さん、お世話になりました・・・

そうして下地を作ったところでいよいよ「アンジー」に入りたい所だが・・・あいにく本屋の曲集には未収録であった。
漫画から得られる情報は「2カポである」という事のみ。
とにかく2フレットにカポをはめて耳コピを始めたものの、何しろとんと分からない。
最初の低音の動きが判明したところで棚上げせざるを得なかった。


そんなある日の事。
私は当時、新大久保のクロサワ楽器でマーチンを眺めるのが好きでよく通っていたのだが、その日はなんと!
楽器屋の店員さんがポロポロと「アンジー」を弾いているではないか!

もう必死にポジションを見て覚えた。
なるほど。Amを押さえたままで良かったのか!

そこからは耳コピもグングンはかどり、中2、中3の2年間でなんとか弾ける状態になったのだった。


今回の2枚はそんなコピー練習の思い出が詰まった、教科書のようなアルバムだ。
写真左「サウンド・オブ・サイレンス」には「アンジー」が
写真右「パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム」には「スカボロー・フェア」「59番街橋の歌」「早く家に帰りたい」が収められている。
そのどれもがフィンガー・ピッキング・ギターのマスターピースと言えよう。

それにしてもポール・サイモンのギタープレイは凄い。
ギター全体が鳴っているような、太い音!
強弱も自在で、決して間延びしない。
やはり孤高の域の達人である。




♪8 カラヤン/ベルリン・フィル
「ベートーヴェン交響曲全集」('60)

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中学3年の時の担任は音楽の先生だった。
40代中盤の温厚な男性、ご自分で指揮の勉強をされていたのを覚えている。

経緯は覚えていないが私が音楽好きだと知ると、ドヴォルザークの「新世界」交響曲のカセットとハンドブック大のオーケストラ・スコアを貸して下さった。

勿論オーケストラ・スコアなどを見るのは初めてで、全くチンプンカンプン!
自分の好きな箇所の音符の動だけは、聴きながら探そうと試みるのだが・・・4小節探すのに丸一日かかった。
しかし面白いもので、一箇所探せるようになると他のパートも少しずつ判別できるようになってきて、スコアを見ながら聴くという事の面白さにはまっていった。

何より交響曲を4楽章通して聴くというのも初めての体験。
「新世界」はとてもわかりやすい曲という事を差し引いても、歌もの一直線だった自分が交響曲を楽しんで鑑賞できた喜びは大きかった。

そんな感想を先生と話しているうちに、ならばベートーヴェンはぜひとも聴いた方が良いとの事。
また、「田園」の最終楽章が大好きだとも話してくれた。


そうなると自然と近所のレコード屋「コタニ」へ足が向かう。
クラシックのコーナーへ行くとあるわあるわ、「田園」だけで一体何十種類あるんだ!
ここでときめいてしまう自分に気づく私であった。
今でもCDの山を見ると無条件にときめいてしまうのには困ったものだ。
どうせならベートーヴェンの交響曲だけでも全部聴きたい、と母親にねだって買ってもらったのがカラヤンの60年代の全集。
バラ売りの5枚で6千円だったと思う。

70、80年代の全集もあったが、ビートルズと同じ時代の演奏をぜひ聴いてみたかった。

全部聴き通すのには時間も気合いもいったが、解説を読みながら少しずつ味わって行った。
まず好きになったのが「第七」。
わかりやすい曲構成とリズムの処理で、文句無く面白い曲である。
「第四」の序奏部から主題への転換がかっこよかった。
「運命」第二楽章の緊張感をたたえた穏やかな流れ。第三楽章の緊迫から最終楽章の爆発。
「第二」の第一楽章の疾走感とコンパクトでかわいらしい第三、第四楽章。
「第九」の第一楽章の焦燥感は今でもゾクゾクする。
「英雄」は当時は好きではなかった。15年後に大好物になるのだが・・・

そして「田園」。
先生の好きな第五楽章も感動的だが、私はその前の第二楽章で感動して泣いてしまった。
耳のほとんど聞こえないベートーヴェンの眼前にひろがっていたであろう「小川のほとり」の光景が鮮明に浮かんだ気がした。


・・・この全集を初めて聴いた数週間はまさにかけがえの無い時間だった。


今でも学校演奏会での質問コーナーで
「一番好きなミュージシャンは?」
と訊かれると
「ベートーヴェンです」
と答えている。




♪7 Queen
「A Night At The Opera」「A Day At The Races」

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私の母親は中学の教師をしているが、80年代初頭当時の生徒さんから、たまに編集したカセットテープをプレゼントされていた。
ディープ・パープルや忌野清志郎などがあったのを記憶している。

クイーンのカセットもそんな中の一つだった。
「ボヘミアン・ラプソディ」の歌い出し「ママ〜」がやはり印象的だったが、ちゃんと聴き始めたのは小学校の終わりだった。

その生徒さんは「ラブ・オブ・マイ・ライフ」の後に「ボヘミアン・ラプソディ」を入れていたのだが、この流れはセンス抜群で、
鳥肌が立つくらい決まっていると思う。
オリジナル・アルバム「オペラ座の夜」(写真左)では、その2者の間に「グッド・カンパニー」が入っているのだが、
私は今でもその事実に納得がいかない。


B面は
「予言者の歌」
「ラブ・オブ・マイ・ライフ」
「ボヘミアン・ラプソディ」
というシリアスな展開一本で良い気がする。「グッド・カンパニー」には申し訳ないのだが。
調もサウンドも展開もバッチリ合っているのに!
と、憤慨したりした。


脱線してしまったが、ご多分に漏れず私も「ボヘミアン・ラプソディ」にはどえらく感動してしまった。

なんときれいな声なのだろう。
ギターの音もコーラスも、なにしろ美しい。

それらがメロディ・ラインの自在さに乗って、とにかく音楽の楽しさが満載だった。
転調もバシバシ決めてくるし、こういうハードロック・バンドは今でも異色だろう。

私はツェッペリンもパープルも大好きだが「旋律美」に関していえばやはりクイーンは抜きん出ていると思う。
「音響」「プレイ」よりも「メロディ」が好きだった私としては、クイーンにより惹かれていった。


そんなクイーンの一番好きなアルバムが「華麗なるレース」(写真右)だ。
中でも一番好きな曲は「懐かしのラヴァー・ボーイ」
このアルバムの密集した空気はクイーンらしいと思う。


と、いう訳で中学初頭はビートルズ、オサリヴァン、ジプシーキングス、クイーンの毎日だった。
自分で聴くのに飽き足らず、友人に無理やりカセットを渡しては後日感想を求めるという行動もとっていた。
当時の方々、ごめん。


ちなみにその時期の自己編集テープの曲目は以下の通り

A面
1、ア・フレンド・オブ・マイン (ギルバート・オサリヴァン)
2、懐かしのラヴァー・ボーイ  (クイーン)
3、59番街橋の歌        (サイモン&ガーファンクル)
4、その愛           (ジプシーキングス)
5、ホテル・カリフォルニア   (イーグルス)
6、アローン・アゲイン     (ギルバート・オサリヴァン)

B面
1、夫人            (ジプシーキングス)
2、フー・ワズ・イット     (ギルバート・オサリヴァン)
3、フォー・ノー・ワン     (ビートルズ)
4、情熱の月          (ジプシーキングス)
5、ラブ・オブ・マイ・ライフ  (クイーン)
6、ボヘミアン・ラプソディ   (クイーン)

いわゆるベタな選曲だが、もちろん現在も楽しめる。
ホテル・カリフォルニアの後にアローン・アゲインが流れるのが好きだったなあ。




♪6 Gilbert O'Sullivan「Alone Again」

アローンアゲイン.tif

ジプシーキングスと同時期にCMでショックを受けたのが、ギルバート・オサリヴァンの名曲「アローン・アゲイン」だ。
寂しげで少し子供っぽい歌声、何よりその強烈な旋律。
多感な音楽好き少年の心にぐっさり刺さってしまった。

そのCMではアーティストのクレジットがほんの一瞬しか表示されないので、テレビを見る時にはメモ帳を用意して少しずつ写していった。
「Gilbert」までは簡単に分かったが、その先が相当時間がかかった・・・。

無事アーティスト名が分かり、早速近くのレコード店「コタニ」へ買いに行った。
肝心の曲名が分からないままだったが、「行けば何か分かる」という気持ちを基本的に持っていた。
700円のシングル盤レコードで、帯に「○○CMソング」とあったので迷わず購入。
家のプレイヤーでかけた時、まさにその曲が流れてきた時は感激した!

当時国内ではオサリヴァンのオリジナル・アルバムが発売されておらず、ベスト盤2種類が出ているだけだった。
この「Alone Again」もそのうちの一つ。
情報も極端に少なく(国内盤にも関わらず、カタカナの題名も表記されていなかった程)、それがベスト盤という事もかなり後になって知ったのだが・・・・
また、ジャケット写真の少年がオサリヴァン本人だとかなりの期間勘違いしていた。

「アローン・アゲイン」以外にも名曲がたくさん入っている。
「ナシング・ライムド」「クレア」「ア・フレンド・オブ・マイン」「フー・ワズ・イット」はまさにオサリヴァン節の名曲。

彼は難しいコード進行をいとも簡単そうに歌う。
旋律が普遍的で、そこにからむハーモニーがテンション・コードだらけという独特のバランスなのだ。
すぐに覚えてしまうメロディなのだが、ギターで伴奏しようとすると大変な目に遭う。

現在の耳で聴いても「アローン・アゲイン」の伸縮自在な旋律は驚異的だ。
更にそこに絡むピアノ伴奏の音の選び方が本当に絶妙で、弾き語り芸の極地の一つだと思う。

今でも時々「アローン・アゲイン」を聴くと涙が出てきそうになる。
永遠に色あせない名曲だと思う。




♪5 Gipsykings「DJOBI , DJOBA」

ジプシーキングス.tif

ビートルズにはまりにはまった小学生時代が終わり、私も晴れて中学生となった。

この時期はいわゆる「CMソング」から数々の出会いを体験する。
その最初がジプシーキングスの「ジョビ・ジョバ」である。

当時はTVCMでも採用されていて潜在的に知っていたが、ファーストインプレッションはロッテリアのジュークボックスから偶然流れてきた時だ。
その時初めて「ジョビ、ジョバ」フルバージョンを聴き「何これ!」となった。

早速レンタルCD屋に行き、借りたのがこれ。
アルバムタイトルがずばり「ジョビ、ジョバ」。
やったーという感じで聴いてみたら
「???」
CMと微妙に違う。これはライブ盤だ。
曲間の話し声が凄いんですけど・・・・

中身のレビューを読むと、この盤はメジャーになる前の実況盤で、CMに採用されたものは原曲をポップにリニューアルしたものらしい。

比べて聴くと、ベースやパーカッションが入ってスッキリした音のメジャー盤より、この盤の方が迫力があって断然良いではないか!

テープに入れて聴き続け、更には友人にも無理やり聴かせては感想を伺った。

「情熱の月」
「その愛」
「夫人」
「訣別」
が好きだった。今でも大好きだ。


また、この盤との出会いは私の中で奇妙な化学反応をもたらした。

初めて聴くフラメンコギターの音色にもノックアウト状態だった。
・・までは良いのだが、
どういうわけか、電話帳でフラメンコギター屋を探しあてて渋谷まで歩いて行ったのだ。

「何かお探しですか?」
暗い店内でギターも弾けない少年がうろうろしていると店長さんが声をかけてくれた。
私「フ、フラメンコギターありますか?」
店長「当店のはみんなそうですよ」
私「・・・」
店長「これが一番安いやつで50万円かな」

かなりの挫折感で帰路についた。

ギターも弾けないのに何故ギター屋に行ったのか未だ不明だが、そんな得体の知れない情熱が生まれてきた時期だった。

考えてみれば当時聴いていたビートルズ、S&G、クイーン、ジプシーキングス・・・どれもギターは切っても切り離せない。
そんな音楽に親しむにつれ、
「私はいつかギターを弾くに決まっている」と、実際に弾く前から思うようになっていた。




♪4 The Beatles 「The Beatles」

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さてビートルズに夢中になった身としては、ベスト盤カセットと「アビー・ロード」だけでは気が済まず、他のオリジナル・アルバムに興味が湧いてくる。
知り合いのおじさんにアルバム全てをカセットにダビングして持っている方がいて、少しずつお借りしては聴いていた。

この「The Beatles」通称「ホワイト・アルバム」もカセットで出会った。
不気味で楽しく、不思議でかっこよくて、非常に刺激的だった。

ベスト盤やアビーロードはどちらかというとしっかり作り込んだ楽曲が目立つだけに、このごちゃ混ぜ感がたまらなかった。


最初に耳についたのが「The Continuing Story of Bungalow Bill」。

あまりに気に入ったため
「ヘ〜イ バンガロウビ〜」
の部分をよく学校で歌っていた。

このアルバムは2枚組だが、1枚目は比較的とっつきやすいく、2枚目は怖い音楽がいっぱいと認識していた。

「Helter Skelter」で最後フェイド・アウトから再度フェイド・インしてくるのが怖かった。
「Long, Long, Long」最後の「ah〜〜〜〜・・・」が怖かった。
「Honey Pie」オープニングでのテープノイズのエフェクトも意味不明に怖かった。
「Cry Baby Cry」から「Revolution 9」への流れは聴くのに勇気がいった。


今冷静に考えると、このアルバムを通してジョン・レノンが「一生懸命でない」のが怖い原因のような気がする。
歌を聴いても、どこか達観したクールな視線を感じてしまう。
レノンの変化がグループに緊張感をもたらし、それが音に反映された・・・のかもしれない。

一方で「アコースティック・ギターの音色が好きだ」とはっきり認識したのもこのアルバムからだったと思う。
特に「Mother Nature's Son」や「Revolution 1」のアコースティックな感じに強く惹かれていった。

何はともあれ、私は今でもこのアルバムに夢中だ。

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追記:更に「ホワイト」の迷宮に潜り込みたい場合は「ホワイト・アルバム ワーキング・バージョン」という素晴らしいアイテムがある。
前半はなんとも珠玉のデモ・バージョンの数々。
「バック・イン・ザ・USSR」のアコースティック・バージョンや、後の「ジェラス・ガイ」の原型である「チャイルド・オブ・ネイチャー」、特に「バンガロウ・ビル」のデモは涙が出るほど(?)素晴らしい。
アウト・テイクも充実。「ヘイ・ジュード」も7トラック収録という徹底ぶり。
ビートルズのこの時期の音楽が凝縮されている内容だ。
5枚組¥7200。全116トラック。
ディスク○ニオン等、マニアック・コーナーのある店舗で購入できる。




♪3 風の谷のナウシカ サントラ盤「はるかな地へ」 作曲:久石譲

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さてビートルズを知ったばかりの小学生2年の終わり、新たな事件が起こった。

映画「風の谷のナウシカ」である。
初めて見たときのショックは相当なものだった。
と、私の母は記憶している。

私はアニメにはそんなに詳しくないが、それでもナウシカを境にアニメ界が全く方向転換したという印象がある。

・・腐海を歩くユパのシーンから、オープニングテーマへの流れ。
中世的なタペストリー画面のバックにピアノの冒頭旋律が始まった瞬間、既に圧倒されてしまっていた。
この曲は一体なんだ!

それまでのアニメというと、オープニングとエンディングは必ず「主題歌」であり、盛り上がりの場面などでの挿入歌も当たり前だった。
「サイボーグ009」劇場版では、挿入歌で間延びしていたのを子供ながらによく覚えている。

そこへこのオープニング。「今までとは違う」感が走った。

この曲は本当に素朴な旋律なのだが、今聴いても類似作品が見当たらない。
そして、一度聴いたら頭から離れない。
世界観もストーリーも素晴らしかったが、何より音楽に衝撃を受けてしまった。

帰ってからしばらく
「もう一回見たい」
しか考えてなかった。

そんな時、ある方がサントラ盤をカセットテープにダビングしてくれた!
その日からはもうそればっかり。

歌が無いインストゥルメンタルの音楽を聴く習慣はこの時自然に身に付いたのだろう。
それ以後家にあった「運命」や「ペール・ギュント」を聴くようになった事を考えると、このサントラ盤はクラシック音楽への橋渡しにもなったアルバムだった。

今の耳で聴くと、シンセサイザーの使い方に時代を感じる。
「わたくし、シンセです」
という、いかにもな音色。
しかし強力な旋律とのコラボレートはこの時代にしか聴けない色合いを醸し出していて、非常に心地よい。


ビートルズで目覚めた「良いメロディーへの憧れ」は、あっという間に他ジャンルへ伝播し始めた。




♪2 The Beatles 「Abbey Road」

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小学生の頃の私は、それこそ「浴びるように」ビートルズばかり聴きまくっていた。
前回紹介した赤盤青盤のベストを聴き込むうちに、当然のことながら前期と後期の音楽の違いに気づく。
いわゆるリアルタイムのビートルズ旋風を経験していないせいか、自然に「後期の方が良い曲が多い」と感じた。

ビートルズのラストにあたるこのアルバムからも相当影響を受けた。

一番好きだったのは「ゴールデン・スランバー」だ。
短い曲だが、こんなに良い曲ってあるのか!という衝撃だった。
そこから「キャリー・ザット・ウェイト」「ジ・エンド」とたたみかけてアルバムが終了する展開も大好きだった。
(この瞬間ビートルズ自体も終了したわけだが・・・)
アルバム終了後、20秒の間をおいて突然始まる短くかわいらしい曲も謎めいていてときめいた。
昔のレコードではこの曲のクレジットが無く、後に「ハー・マジャスティ」というタイトルである事を知った。

小学生中学年の頃は、ボーカルがそれぞれ誰の声なのかは全く知らなず、
短絡的に太い声はジョンなのだと早合点していた。
「オー・ダーリン」
「カム・トゥゲザー」のバックボーカル
「ユー・ネバー・ギブ・ミー・ユア・マネー」の後半部
は何故かジョンと疑わなかった。
本当は全部ポールなんですけど・・・


私にとってビートルズというバンドは、「怪物的な響き」を生み出せる唯一無二の存在だ。
A面ラスト「アイ・ウォント・ユー」の壮絶な展開から、延々続くラストフレーズ。
それが突然強制終了する瞬間は恐怖だった。
しかし怪物的なのは、その押し黙った雰囲気のままB面に裏返して始まる「ヒア・カムズ・ザ・サン」の安堵感だと思う。
この効果を狙ってやる人は多いが、本当に決まっているのは極稀である。楽曲に力が無ければ上滑りしてしまう。

今思うとまさに「ice is slowly melting」という瞬間だ。
CDになってあのレコードを裏返す間が無くなったのは少し寂しい。

「ビコーズ」のアルペジオとコーラスの絡み
「オー・ダーリン」のラストの咆哮
「サムシング」のギターソロ
「カム・トゥゲザー」のベースとタムとファズギターのバッキング
怪物的な瞬間は数えきれないが、やはりなんと言っても曲が良い。
このアルバムを聴いた時から「いつか自分でも良いメロディを作りたい」という気持ちが芽生えてきたのを覚えている。



♪1 The Beatles「1962〜1966(赤盤)」「1967〜1970(青盤)」

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*私が影響を受けてきた音楽を紹介するコーナーを立ち上げました。
なるべく時系列に沿って紹介して行きたいと思います(後の方になると順不同になるかと思います)*

さて、第一回目は私にとって初の本格的音楽体験となったこの2組を紹介する。

私の通っていた小学校は、運動会の時に6年生全員で鼓笛隊をやるというなわらしがあった。
当時2年生だった私はその鼓笛隊の曲が妙に好きになってしまい、運動会の時期が過ぎてもいつも歌っていた。

その曲はビートルズの「ヘイ・ジュード」。

今思えば鼓笛隊で「ヘイ・ジュード」をやるとは渋い。
音楽の先生もかなりのやり手だった記憶がある。
とにかくこの時、幼いながらに「ビートルズって凄い」という印象が素直に入っていったのを覚えている。
家には赤盤青盤のカセットと「アビー・ロード」と「ラバー・ソウル」のLPがあったが、
特にこのベスト盤カセットはもう滅茶苦茶酷使した。
家で聴くだけでなく、外に行く時にも持ち歩き、聴いてない時でも歌詞カードを広げてはながめていた。
そう、「ビートルズと名のつくものは全てが素晴らしい」という少年時代だったのだ!

赤盤は初期、青盤は後期のベストなのだが、このジャケットも大好きだった。
ジョン・レノンの変わりようがショックで、一体何があってこれだけ変わったのか、想像が膨らんだ。
きっとすさんだ生活をしたのだろう・・・と子供ながらに思った。

小学生の頃の一番のお気に入りは
赤盤では「デイ・トリッパー」
青盤では「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ」

今では
赤盤「キャント・バイ・ミー・ラブ」
青盤「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」

現在ではCDで全曲聴けるわけだが、カセットの音質というのは一種独自の世界があったように思う。
あのラジカセの「再生」ボタンを押す高揚感は今でも忘れない。

私の音楽への道はここから始まった。
そして「ビートルズと名のつくものは全てが素晴らしい」という大人になって現在に至る。